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突然、クラスメイトが顔を出した。きっと、ぎゃあ、とかそんな品のない声をあげた気がする。心臓が一回転するくらいびっくりしたけど、彼女は気付かなかっただろうか、話を続けた。
「今日、帰りの車、乗る日でしょ、職員さん、探してたよ」
あ、そうだ。送迎同行、手引に書いてあった。
「そうだ! ありがと!」
走りだそうとして、がさ、ちょっと違和感。生理用ナプキンよりずっと厚いもの、脚のあいだに挟んでるんだもん。歩き方とか、変じゃないかな。クラスメイトのちょっと後ろを歩きながら、こっそり、おしりに手をあててみる。
「お待たせしました、すいません」
駐車場は排ガスのせいもあってか、蒸し風呂もいいところ。屋外なのに蒸し風呂、今年の夏はどうかしてると、改めて思う。
「四本さん、こっちの車ね」
背の高い、細身の男性職員さんが手を振っている。あるお笑い芸人さんにすごい似てます。言ったら怒られるかな。顔を見ると、つい笑っちゃう。
「ずいぶんたくさん乗れるんですね」
「運転手も入れて15人乗り、でかいよね」
車にはもういっぱいに利用者さまが乗っていて、わたしが乗って、最後に男性職員さんが乗って、扉を閉めた。冷房が擬音じゃなくて、がぁぁぁぁ、と吠えているけれど、窓から射す陽のほうがまだまだ優勢。ときどき涼しい風が来るのに、陽射しのあたる腕や胴はじわじわ蒸されて、変な感じ。
座った瞬間はやっぱりごわごわして、おまた、変な感じがしたけれど、すぐに慣れてしまった。着けてるの忘れそう、って、なんの宣伝文句だ。
2人目のご利用者さまが降りられる。わたしの後ろ席の方。車が止まって、職員さんが扉を開けて、わたしも車を降りる。すごい熱気。車の中、おもったより冷えてるんだ。職員さんにおしり、見られないように、かに歩き、へんな格好。
あれ。座っていときは気付かなかった。おなかの下の方に、くるり、筋肉がかたくなる感じ。そう言えば、昼食後一度トイレに行ったきり。正確にはさっきトイレに行ったけど、用は足さなかった。
熱中症対策と、やたらお茶を勧められて、すずみもずいぶん飲んだ。飲んだそばから汗になってしまうものだから、あまり意識していなかったけれど、あれ。わたし、けっこうおしっこしたいかも。
車にもどる。冷房があいかわらず吠えている。気にしすぎると、かえって行きたくなっちゃう。すずみはつとめて、お喋りをした。
へぇ、そうですかぁ。わたしぜんぜん知らないですぅ。
えぇ、はじめて聞きましたぁ。すごぉいですねぇ。
そうしているうちに、ひとり降りられて、もうひとり降りられて、立ち上がるたびに、く、く、下腹部が硬くなるのが分かる。大丈夫、ぎゅってちから入れて。すぐにおさまるから。
車は、団地の細い隙間へ入る。それから、いくつかくねくねと曲がって、停車した。
団地だから当たり前だけど、同じ形の建物がいくつも並んでいる。
扉が開く。熱風がまた舞い込む。職員さんが降りて、わたしも降りて、一番うしろの席に座ってらした男性の方が降りる。
「またお待ちしています」
すずみは閉められた車のとびらにぴったり背中を付けて、笑顔を作った。両膝を合わせ、前かがみになる。
「お部屋までご一緒しますね」
職員さんは歩きだされた利用者さまの後を追うように、団地の階段をのぼりはじめた。
「四本さんも来る?」
上がりがけ、振り返って手招きをした。
びくん。不自然な格好だって思われたらどうしよう。断ろうか考える前に、からだが歩きだしていた。
階段を一歩上がるたび、おもちゃのビニールボールが両手でつぶされるみたいに、お腹の中がこわばって、うごめく。両膝がこすれる。内またで前かがみ、そうするとすこし、尿意が和らぐ気がする。2階、まだ上るの? あごが上がっているのが分かる。呼吸が速い。変に思われないかな。奥歯を噛む。
3階の右手側、ここだ。利用者さまはサブバックを開けて、鍵を探しているらしい。立ち止まると、膀胱が重みで下がっていくような気がする。右足、左足、重心を移す。停止していたら、そのまま膀胱が落下して、ほら、水風船みたいに、きっと地面で破裂する。その破裂のイメージが、足元にできる水たまりのイメージがとても生々しくて、見知らぬ団地、コンクリートの踊り場、夕日になる前のおかしいぐらい眩しい景色のなか、足元に水たまりを広げているわたし、おかしくなりそう。もぐらたたきが始まる。
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