―3―
 歩けど歩けど、一本道は続く。えー、こんなにあったっけ。つい足元を見る。足元だけみてるとすごい早歩きをしているみたい。ちりん、顔をあげると自転車が目の前にいて、おじさんがなんか言いながら、ふらふらハンドルを切っている。ききき、ブレーキの音。気付いてるんなら避けてくれたっていいじゃん、わたしはまた足元を見つめながら、歩く。
 あ、こんなところ、スーパーあったんだ。足元を見るのにちょっと飽きて、きょろきょろ。開店前のスーパー。まだシャッターが降りている。住宅街なんだけど、なんだか分からない商店がぽつぽつある。和菓子屋さんとか、漬物屋さんとか、学校がえり、バスの中かから小さなお店を眺めるのはきらいじゃなかったりする。ところで、コンビニなかったっけ。

きゅう。きゅう。

 お腹の下の訴えが、強くなる。こんなに歩いて、汗だってずいぶんかいてるはずなのに、お腹のした、確実に重みが増している。えーと、どうしよう、家まではまだまだかかる。
こんどコンビニ見かけたら入ろう。で、トイレを借りる。
 やっと、ぐだぐだの住宅街を抜ける。県道なんとか線に出る。あとはもうまっすぐで家だ。歩道も広いし、確か、コンビ二だって、あったと思う。
 道が広い分、見晴らしもいい。
太陽は家の屋根より高いけれど、マンションよりは低いあたりにあって、もう白っぽい光を投げかけている。あ、夏の朝の感じ。なんだろ、すごく懐かしい。
 そうだ、夏休みの朝。誰もいない道、吹きぬける風が空まで連れて行ってくれそうで、すがすがしい、って、こういうのを言うんだ。そうそう、ラジオ体操。首から出席カードをぶらさげて、はんこの数、かぞえたりして。待ってよぉ、わたし、いつも誰かを追いかけていた。あれ、誰だっけ。
 道路の左側を歩く。ガードレールの足元から雑草なんてが伸びている。畑だとか、家だとか、変わり映えもせず続いている。通り過ぎていく車、誰か乗せてくれないかな。車乗れば、10分もかからないだろう。
 きゅ、きゅ、きゅきゅ。首筋から胸元へ流れる汗がそのまま体内に吸い込まれているんじゃないか、下腹部がどんどん重くなる。力を入れる。まだ大丈夫。でも、こんなに何もないんだっけ。このご時世、コンビニのない通りなんてあるかな。ええ、もしかして、この通り?
 いくつ十字路を越えたたろう。毎日通学で通る道だけど、一度も入ったことのない通りばかりだ。曲がり道に出くわすたび、少し先をのぞいてみるけれど、トイレを貸してくれそうな建物はない。家まであと30分はかからないだろう。まさか、我慢できないなんてこと、ないよね。
 けれど楽観的な憶測と同じくらい、お腹のなかで液体が膨らんでいる。一歩踏み出すたびに、上下に揺れる液体が、地面に落ちる機会をうかがっているみたい。ぎゅって力を入れるけれど、痛くて苦しくて、力を入れ続けていられない。大丈夫、見えないよね、左手をショートパンツのポケットに突っ込む。ポケット越し、出口を押さえる。大丈夫、変なかっこうじゃないよね。
 指先で触れている分、少し力を緩めても大丈夫そうだ。一瞬、苦痛から解き放たれる。大丈夫、だいじょうぶだから。
 子供じゃないんだから、おしっこ我慢するのに手で押さえるなんて、胸の中で気持ちの悪いなにかが渦巻いた。でも、最悪の結末を迎えるよりはるかにいい。それ以前に、筋肉を緊張させ続けてなければいけない苦痛が、いままで経験したことがないくらい、おしっこ我慢するのって、こんなにきつかったっけ、少しでも痛みが和らぐのならば、どんな手だって使いたいくらいだった。




←前へ 次へ→