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ちょっと、まじでコンビニないじゃん。こんなことなら、駅でトイレ行っておけばよかった。飲み物なんて買ってる場合じゃなかった。苦痛の一端を確実に担っているペットボトルが恨めしい。そうだ、ペットボトル。人目に付かないところで、ペットボトル。こっそりすれば、いけるかも。
何考えてるんだ。人目に付かないとこなんてあるの。周囲を見渡す。相変わらず家と畑と、空き地となんだか分からない建物、いずれにせよ隠れられる場所は無い。こんな場所で、その、ペットボトルに、その、するなんて、そもそも、トイレじゃないところで、するなんて。
あっ。
けれど、体は素直で、ほんの一瞬、悪い夢みたいによぎったおしっこをする自分の姿を、今すぐにでも再現しようとして、意思をねじ伏せて、じわぁ、しずくがこぼれる。
だめ、ぎゅうう、筋肉を締め上げる。きっと歩いていなければ、変なかっこうでからだをよじっていただろう。見覚えのある景色だ。あと家まで15分ない。耐えろ、わたし。ポケットが破れそうなぐらい、手を押し込んで、抑えつける。両肩が上がった、みっともない前傾姿勢だ。でも、我慢できないよりはいい。何倍もいい。
あごが上がって、呼吸がはやい。きっと泣きそうな顔だ。考えるより先に、体が走りがそうとして、二、三歩、よたよた前に進むけれど、お腹にかかる痛みの方が勝って、走るのをやめる、何度か繰り返して、やっぱり歩くしかなくて、でも、どうしよう。ああっ。
しゅ、しゅぷ、
ポケットに突っ込んだ指先に、熱が触れる。太ももを一滴、液体が流れるのが分かる。汗であってほしい。ちらり、視線を落とす。カーディガンのすそから少しだけ覗いている空色のショートパンツの、脚のあいだ、認めたくない。けれど、そこだけ、濃いグレーにも似た色。
もうだめだ、どうしよう、どうしよう、どうしよう。
人生でこんな台詞をつぶやく機会があるなんて。どうしよう、おもらし。車が何台も走っている。反対側の歩道を歩いている人がいる。後ろから自転車が追い越していく。どこか、誰にも見られないところ。相変わらず家と畑と空き地となんだか分からない建物、電信柱のかげ、街路樹のかげ、細い脇道、知らないおうちの玄関、小さな公園、どこか、隠れられるところ、あっ、駐車場!
かのんは駆け出す。一歩踏み出すごとに、液体があふれる。ひざ、ふくらはぎ、ひとすじ、ひとすじ、しずくが滑る。もう少し、もう少しだけ!
四角い駐車場。車が10台ぐらいだろうか、2列に隙間なく停められている。転がり込むように、車と車のあいだに身を沈める。おしっこポーズ。ぎゅう、目をつぶる。どうか誰にも見られませんように!
し、ひた、た、たたたたたたたっ、
衣類を下げる余裕は、もちろんなかった。けれど、限界を超えて押しとどめられていた熱は、和式で用を足すときと同じしゃがんだ姿勢のせいもあってか、ためらいもなくあふれ続けた。
おまたがあったかくなって、すごい速度でうごめきながらおしりの方へ広がって、駐車場のアスファルトをたたく。断続的に車が道路を走る音が聞こえる。けれど、液体がアスファルトを打つ音は、それよりもきっと大きく、少女の耳に響いた。
片手を車について、鞄をお腹と膝のあいだに抱えるようにして、肩で息を続けている。きっと無意識に、ふだんおしっこを終えるときと同じように、きゅ、筋肉が緊張して、まだ下着の中にとどまっていた液体を動かして、ちゅ、小さな音を立てた。
ゆっくり、少女は目を開く。それから痙攣するみたいに立ちあがる。ぱしゃっ。予想していなかった液体の落ちる音に、もう一度背中が震える。
車の影は、道路からは死角かもしれないけれど、駐車場の両脇にたつそれほど背の高くないマンションからは隠してはくれなくて、いまもしあの小さな窓のひとつから誰かが顔を出せば、少女のいちばん見られたくない姿が、目に飛び込んでくるだろう。
かのんは鞄を抱えたまま、ふるえる手で引き剥がすようにパーカーを脱いで、腰に巻きつける。それから、決して振り返る事をせずに、駐車場を飛び出した。
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