―5―
「お待たせ、開けていい?」
そうやって息を殺しているうち、ひーちゃんが戻ってきた。変に低い声のトーン。気、つかってもらってる。
「うん」
ゆっくり扉が開く。扉から少し、からだを離す。
「これ、使って。バスタオルで床拭いちゃっていいから」
扉の隙間から、丸まったバスタオルのかたまりが差し込まれた。
「終わったらノックして」
「ありがと」
バスタオルのかたまりの中には、水色のアルファベットがプリントされた白のトレーナーと、ロールアップされたカーキ色のカーゴパンツと、水色とピンクのしましまの靴下と、白地に赤い縁取りの下着がくるまれていた。
わたしはトイレの蓋を閉めて、その上にひーちゃんの服を置く。それから、スカートの脇をつかんで、ワンピースを一気に脱いだ。おトイレのうしろの窓から差し込むゆるい白いひかりに、肌が浮かぶ。ワンピースを足元に置いて、下着を脱ぐ。冷たくて、重たい。それから、靴下。きしきしいって、脱ぎにくかった。
バスタオルで、太もものあいだから拭く。きつく拭いたって、太ももに張り付いたみたいな湿った感じが、すごくおしっこくさい気がして、なんどもなんども、タオルをこすり付けた。
バスタオルを足元に敷いて、着替える。あったかい、服ってこんなにあったかかったんだ。おトイレに脇に滑り込んで、腰をかがめて床を拭く。マットに広がる大きな染みは、もうどうしようもなくて、少しずらしてみると、マットの下までおしっこが入り込んでいて、片手でマットを持ち上げながら、もうずっしり重くなっているバスタオルで床を拭いた。
冷たく乾いた床に立つけれど、足の裏がまだ、液体の上にいるような気がする。とんとん、中から扉をたたく。きぃ、また少し、扉が開く。
「これ、濡れた服入れて。マットとバスタオルはそのままでいいから」
大きくて厚い、白のビニールの袋。たぶん靴屋さんのだ。
「ありがと」
くしゃくしゃと袋をひろげて、足元の衣類を拾い上げる。ぽた、しずくがおちて、あわててからから、トイレットペーパーで、拭いた。
「大丈夫?」
「うん」
「誰もいないから。出てきて平気だよ」
わたしは、うつむいたまま、トイレを出る。さっきのトイレットペーパーもビニール袋に入れて、右手に提げた。ひーちゃんはちょっと部屋のほうを気にして、わたしの耳元で言った。
「みんなには、トイレが詰まって水浸し、って言ってあるから。あおっちも濡れちゃったから、着替えてもらった、って」
「ありがと」
うつむいたまま、こたえた。ひーちゃんの顔がすぐそばにあるのが分かる。わたし、すごくおしっこくさいよね。
「じゃあわたし、ここ片付けちゃうから。大丈夫だからね、みんな気づいてないよ」
ひーちゃんは、それだけ言うと、足元に用意してあった洗濯かごを手に、個室へ入って、扉を閉めた。
わたしは、足音を立てちゃいけないみたいに、そうっと歩いて、パーティ会場に戻った。
扉の向こうから、笑い声が聞こえる。しょうたくんの声が聞こえる。わたしは少し、息を吸ってから、階段を下りた。
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