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 蛍光灯に照らされた先輩の顔は、人工物のように白くて、見つめていたい、けれど、これ以上先輩を不快にしたくない、逸らした僕の瞳の表面に、いつまでもその白さだけが張り付いていた。

 ばぁん!

 僕は情けないかな、その音に驚いて痙攣するみたいに体を震わせた。
「うぉ!」
 先輩は、漫画のようなリアクションで手を挙げている。先輩のこういうところが、本当にかわいいと思う。
 何かのはずみで、扉が閉まった。先輩はすぐにドアノブに手をかけ、力を入れているだろう。けれど、あれ。
 がちゃがちゃ、ノブを回す。
「ちょっと、開かないんだけど」
少し笑うように、あるいは、少し泣きそうに目を細めて、あのひとは、こちらを向いた。
「まじっすか?」
 駆けよる。先輩は一歩引いて、僕がノブをつかむ。すれ違いざま。僕のあごの少し下を、先輩のきれいに切りそろえられた黒髪のてっぺんがかすめた。おもわず、息を止める。
ノブは回る。けれど力いっぱい押しても、扉が外へと動かない。僕は肩を押し当て、全身で圧をかける。ぎし、扉の下の方で、何かがきしむ音がしたけれど、開かない。
「ほんとだ、開かないですね」
「えぇ、ちょっと、どうしよう」
 はにかむような、いや、泣きそうな、先輩の顔。
「すいません! だれか!」
 僕は大声を出す。廊下に、声が響いているのが分かる。
「すいません!」
 もう一度声を出したけれど、自分の声の反響が消えた後は、何の物音もしなかった。
「どうしましょう、出られないですね」
「分かってるよ!」
 先輩がいらだちを隠さずに言った。僕はまた、二度とくるはずのない同じ場面をやり直す台詞を考えながら、唇を結んだ。
「ねぇちょっと、ほんとにどうしよう」
 今度は明らかに、泣きそうな顔で、先輩は、僕の腕を両手でつかんだ。端正な眉を寄せて、彼女は僕を見上げている。薄い透き通るさくら色の唇が、への字を描いてる。なんていとおしい、僕は、このまま彼女を抱きしめたい衝動を押さえて、正確には、そのあと、のことを考えるととても抱きしめる勇気はなくて、何だか天井を見たりした。
「先生とか、見回り来ないんですかね?」
 思いつきを口にする。
「校舎は8時頃になると先生が見回ってるらしい。でも部室棟は分かんない」
少し拗ねたような口調に聞こえた。
「とりあえず8時まで待ちますか」
 きょう一番、自分の欲求に素直な一言だったかも知れない。二人きりでいたい。もっと、ずっと。
「えぇ。二人きりで?」
 少し前にも見た表情、不愉快そうに目を見開いて、口を丸くして、でも、発せられた言葉には、明らかに不愉快さがにじみ出ていた。
「すいません」
とっさに謝ってから、
「でも、どうしましょう」
続けた。
 彼女はどん、と扉を叩いてから、
「ああぁ、さいあく」
小さな声で、言った。
きり、きり。

 先輩は、声が低い。低いというか、ハスキー、という部類だろう。部活中の、他愛のない談笑の中でも、先輩の声だけがひときわ、僕の耳に届く。言葉のデティールは分からないけれど、それが僕についてか、そうでないのか、それだけが気になる。嫌われたくない。でも。



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