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 ちょっと出掛けてきまーす、宿を出る。コンビニとかスーパーとかあるのは駅前。また20分、歩く。それから、3袋分、ジュースとか、スナック菓子とか買いこんで、宿に戻るころには、もうすっかり夕暮れで、ぽつん、ぽつん灯る、家のあかりとか、街灯とか、遠い山のなにかのひかりとかが、懐かしい感じがして、すごく、切なくて。
 時刻は5時半をまわったくらい。時間の流れが、すごくゆっくりしている気がする。これ、高校生活最後の、旅行。なんだろ、いっそう切なくて、わたしは玄関をくぐる3人のかげを見つめたりして。
「よし、お風呂行こ!」
 部屋に戻ると、さっそく池田。戸棚からもう浴衣を出している。
「みんなも着るでしょー?」
ご丁寧に、人数分。
「ちょう楽しみなんだけど! ホームページのお風呂の写真、すごいきれいだったよね!」
本名、テンション上がる。
 高校生活最後の思い出旅行、4人で行こうって即決だったけど、どうしても海外に行きたい岡田、ディズニーランド推しの池田、一度も行ったことのないとこがいい、って本名、ぜんぜん意見がまとまらなくて、最終的には、もういいよ! だれか決めて! ってなって、わたしが旅行サイトなんかで、この旅館を決めた。都心から電車で2時間、そこそこ有名な温泉街の、そこそこ有名な旅館。
 海外は予算の関係で却下、池田もカメラを買ってなかなか乗り気、本名はサイトにあった温泉と料理の写真をえらく気に入り、文句があれば自分で決めて! と、わたし。
「ちょ、はやく化粧落としたい。なんか肌がびがびなんだけど」
「池田、メイク落とし貸して、忘れちゃった」
「じゃあ岡ちん、ぱんつ貸して」
「それ無いだろ」
 浴衣と、下着と、石鹸とか一式、かかえて、階段を下りる。ぱたぱた、浴場に続く細い廊下に、スリッパの音。
「あれ、もしかして、うちらの他にお客さん、いない?」
「まじ? 貸し切りじゃん」
「わたしたちしか名前、無かったよね?」
「誰とも会ってないし」
 なんか、ラッキー。

 廊下の先の、女湯、ののれん。脱衣室。おばあちゃんちでしか見たことのないいかついストーブが、あかあか、燃えている。
 あれ、わたしおトイレ行ったっけ。
 買い物から帰ってきて、岡田と本名がおトイレに行った。わたしは池田の写真鑑賞に付き合わされて、おトイレに行こうと思っていたのに、なんだか機を逸してしまった。
 服を脱ぐ。扉一枚隔てた向こうは外。裸になると、なんだか、やっぱり肌寒くて、おしっこが控え目な主張をしていた。
 まぁいいや、上がってから。
「いっちばーん!」
 バスタオルをぐるぐるに巻いた、池田が扉を開ける。それから、本名と岡田が続いて、わたし。
 冷たい外の空気。柔らかく流れる水音。温泉の匂い。
「わぁぁぁぁ!」
 真正面に、すっかりシルエットになった山と、すこしだけ残る紫の黄昏色。それから、ちょっと欠けた満月。ところどころ足元を照らす灯りの他は、何もない。ちょう解放感。
「思ったよりせまーい!」
「えええ、良いじゃん、すごいのんびりできそう!」
 わたしはあんまりのんびりもしていられないんだけど。ま、大丈夫でしょう、子供じゃないんだし。
「寒い! はやく入りたい!」
「池田! からだ洗ってから!」
「お化粧落とすんでしょ?」
「だって寒いんだもん!」
「バスタオル巻いてるじゃん!」
 水の音、笑い声。わたしは洗面器にお湯を汲んで、からだを洗う。それから、髪。前かがみになると、きゅう、おなかのしたで、やっぱりおしっこが訴える。もぉ、せっかくの温泉なんだから、ゆっくりさせてよ。
 ばしゃん!
 背中からとつぜん、お湯。
「ぎゃあ!」
 振り向くと、湯船から顔だけ出して、池田が洗面器を構えている。びっくりした! おしっこ出ちゃったらどうするんだ!
「早くみんな入りなよ!」
池田はまた洗面器にお湯を汲んで、にやにや、こちらを見ている。
「池田、うるさい! 今行くから!」
本名。洗い場から立ち上がって、湯船を目指す。
「4人で入れる?」
岡田が立ちあがる。



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