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「火、はやく!」
 境内の入り口、街灯の下。ろうそくを立てて、火をつける。ほぅ、地面のかげが揺れる。
「はい、点いたよ!」
 立ち上がって、下腹部で、液体が揺れる感じがして、やっぱりおトイレ、行ってくれば良かったかな。
 りょうくんはろうそくの上に花火を突き出している。
「りょうくん、もうちょっと火に近づけないと点かないよ。て言うか、わたしのほう向けないで!」
 真正面に腰をかがめて、花火を構えている彼。そのまま点火したらあぶないから! ほんと、子供だなぁ。彼はもぞもぞ、花火を構えたまま90度向きを変える。そう、そうしてください。
 しゅッ! 少し間をおいて、火花が噴き出す。彼は、なんとかかんとか、きっと必殺技の名前を叫びながら、境内のまん中へ駆けて行く。それから、やっぱり何か叫んで、回ったり、花火を上下に向けたりしている。あれ、熱くないのかな。
 ゆきのが思っていたよりはるかに短く、花火は消え、また夜の闇が降りてくる。闇のなかから、彼は走ってきて、次の花火を手に取ろうとしている。
「終わった花火、バケツに入れてから!」
「はーい」
じゅ、バケツに放りこまれると、なんだろ、火薬かなにかの、きつい匂いがした。
 二本目を手に取り、火がつくと、彼はまた走って、叫んで、境内は少しまぶしくなって、ぱちぱち、火花に浮かぶ彼の顔は本当に楽しそうで。三本目、四本目、彼は往復を繰り返す。ときどき、境内の木なんかに花火を向けて、こら、そういうことしない! 火事になったらどうするの!
 次つぎ、花火が消費されていく。バケツにはもう、ずいぶんな数の燃えがらが放り込まれている。おしっこしたいな。下腹部は明らかに尿意を訴えていたけれど、この分ならきっと、もうすぐ終わりだろう。
「ねぇちゃん、せんこう花火やろう」
 何度目かに戻ってきて彼は、がさがさ、袋を探りながら言った。
「うん、いいよ。りょうくん、できる?」
「できるよ!」
 細長いあれを手にして、彼はろうそくへとかがむ。残念、りょうくん、上下さかさまです。え、まじで? わたしが見本見せてあげる、貸して。
 かがむと、下腹部の重さが少し、やわらいだ。
 しゅ、しゅしゅしゅ。先端から、小さな火花が散る。やがて、じじ、水滴みたいに、オレンジ色のかたまりが、先っぽにたまる。ここからがきれいなんだ。ぱッ、ぱッ、ほそいほそい火花が、まるで噴水みたいに飛び出す。
「ねぇちゃん、おれにも!」
 花火を受け取ろうとしたのか、彼が手を伸ばし、ぽと、かたまりが落ちた。
「りょうくん、揺らさない」
「つぎ二人でやろ」
 片方は自分の手に握り、もう片方を差し出す。
「うん」
 きょうそうね、早く落ちたほうの負け。彼の声。ふたりでしゃがんで、火花を見つめる。



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