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 街灯と、どこかの家の灯りと、ほかには何もないみたいな、暗い一本道。こんなに歩いたっけ。星は見えないけれど、高い塀のあいだの空はぼんやりと明るくて、でもその空にときおり、鳥だろうかこうもりだろうか、さっと、横ぎる影があって、はやく。家のまわりは、もっと明るい住宅街だから、近くなれば分かる。はやく、着かないかな。ず、ず、靴底がアスファルトをする音だけが、響く。
 さっきから、りょうくんは何もしゃべらない。がんばって我慢しているのだろうか。わたしの少し前を歩きながら、振り返ろうともしない。
「おしっこ、大丈夫? もし我慢できなかったら、その辺でしちゃう?」
 口に出して、男の子はいいな、お外でおしっこできて。わたしも、と、思いかけて、さすがに中学生にもなって、我慢できなくて外でするなんて、しかも、小学生のいとこの前で。大丈夫、我慢できる、そう言い聞かせた。
 りょうくんは、たいじょうぶ、って、小さな声で言った気がした。大丈夫だからね、お姉ちゃんと一緒にがんばろう。
 やっと、細い路地を抜ける。最後の垣根を曲がると、急に視界が開けて、立ち並ぶ家々の白い壁が、まぶしいような、温かいような気がして、大丈夫、もうすぐだから、ゆきのは、つぶやいた。
 規則正しく並ぶ街灯に、蛾だとか、こがねむしだとか、あるいはほかの飛ぶ虫が集まっていて、すこし、気持ちが悪いような気がした。さっき神社の暗闇で、太ももにへばりついたのはなんだったんだろう、感触がもどる、つられて、ぞく、おなかのしたが、震える。かたいかたまりが、のどを落ちて行く。めまい、っていうのかな、くらくらする。
「ねぇちゃん、出ちゃう」
 か細い声が、ゆきのの感覚を引き戻した。りょうくんは立ち止まって、ぱたぱた、足踏みをしている。
「もうちょっとだから、頑張って!」
 自分に言い聞かせるみたいに、言う。それから、片手で彼の手を取って、はやあし。きっと走ったら、わたしも、出ちゃう。
 家まではもう5分かからないだろう、でも、りょうくんは我慢できるだろうか。もう片方の手に提げたバケツが、ぱちゃぱちゃ、足取りに合わせて音を立てる。もうすこし、もうすこしだからね。左右の景色が、ものすごい速度で流れている気がする。
 もし、バケツが無かったら、すぐさま彼をおぶって駆けだしていただろう。いまは、彼の手を握って、急ぐことしかできない。
「ねえちゃん、もうだめ、おもらししちゃう」
 彼の声が、耳の奥にひびく。半ズボンから伸びるほそい足は内また加減で、ゆきのにひっぱられ、右に、左に、よたよた。家まであとちょっとなのに! けれど、りょうくんのくしゃくしゃの顔を見れば、あとちょっと、でさえ、長すぎる。どうしよう! りょうくんにおもらしさせちゃう! お姉ちゃんのわたしがついてたのに。どうしよう。
 ぱっ。視界に、小さな路地がとびこんだ。ちょうど家と家のあいだ。抜け道か何かだろうか、ひとすじの暗がり。そうだ、ここでなら。



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