−7−
「りょうくん、ここでおしっこしちゃおう。大丈夫、お姉ちゃん見張ってるから、急いで!」
 つとめて優しく、声をかける。それから、りょうくんを暗がりに押し込む。
「ここじゃでないよ!」
 子どもなりの羞恥心からだろうか、暗やみから声が聞こえる。
「大丈夫だよ、おしっこして良いよ!」
 それから、彼女にできることは、祈るような気持ちで、ぎゅ、おなかに力を入れること。

ぱしゃ、ぱしゃ、ちゃぱたたたたたた、

 やがて、暗がりから音が流れだす。ちら、目を上げると、壁に向かって立つ彼の脚のあいだから、半円を描き、透明の流れが飛び出している。よかった、間に合った。
 水流が落下するように、ゆきのの肩からも、ちからが抜けるのが分かった。ふわ、おなかのあたりがあたたかくなって、安堵、ってこんな感じかな。不安だとか、あせりだとかが消えていく。あたりがゆっくりとひかりに包まれていく。きもちいいな。

 気がつくと、真っ暗な何かを見つめていた。
 それが、天井であることに気づくまで、ずいぶん時間がかかった。
 あれ、わたし。
 そうだ、お祖父ちゃんちの高い天井。とこのま、の天井。こち、こち、こち、時計の音がする。片腕がしびれていて、いたた、からだの向きを変えようとして、気づいたのはその時。
 びっしょりと濡れた、布団のなか。

うそ。

 暗い部屋にひびく、自分の声の残響が、確かに聞こえた。
 片手を伸ばす。パジャマの上から、おまた、おしり、それから布団。やっぱり濡れている。まだ少し、温かい気がする。これって。

おねしょ。

 ちょっと、信じられなくて、天井を見上げたまま、両手をくちもとにあてていた。それで、あの、おしっこのにおいがして、やっぱり、おねしょしちゃった。
 さっきの、夢。
 まだぼんやりした頭のなかの暗やみで、記憶がかたちになっていく。そうだ。花火から帰ってきて、玄関で、りょうくんがおもらししちゃって。おばさんはちょっとびっくりしながら、もらすぐらいなら、その辺でしちゃえば良かったのに、なんて言って。りょうくんは泣いていて、そんなりょうくんの声を後ろで聞きながら、わたしはおトイレに行った。
 りょうくんはお風呂に入って、そのまま寝てしまった。おじちゃんが帰ってきて。おじちゃんの晩ご飯と一緒に、わたしはケーキを食べて。それから、寝る前におトイレ、行ったのにな。
 だんだん、目が慣れてくる。時計が見える。4時過ぎ。まだみんな寝ているだろうか。
 1階の床の間。お祖父ちゃんとお祖母ちゃんが寝ているのは、居間を隔てて向こう側。りょうくんたちは2階。耳を澄ます。時計の音。ときどき、ひぐらしだっけ、蝉の声。



←前 次→