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「改札こっちだって、よくわかったね」
 改札は2か所、ひとつは大きく、ひとつは小さい。常識的に考えれば、待ち合わせに使うのならば大きいほうだろう。
「まぁ、カンです」
 せいいっぱい気取ってみる。
「君、立派になったなぁ」
 身長のことだろうか、ほそい顎を反らして、彼女が見上げる。肩に届くあたりですこし外にはねた髪はきっと、指先に逆らうことを知らないくらいつややかで、けれど、明るい栗色は、女子大生になった彼女の色気そのもの、みたいに、少年はもういちどせいいっぱい、
「あざっす。先輩こそ、ちょおかわいいです」
、言ってみた。
「ありがと。でさ、歩きながら話そうか」
 ひっきりなしの人の流れにちら、と目をやって、彼女は歩き始める。
 ケープを模したような飾りのついた、キャメルのコート。先輩はまだ、ゴスロリ服を着るのだろうか。コートの裾から伸びる、黒いストッキングにつつまれたふくらはぎと足首は、あの頃と変わらず、針金のように、細い。
 歩幅に合わせて上下する腰の飾りベルトをつい見つめながら、4年前に言えなかった、今ではもう言うつもりもない台詞が、あたまのなかのかたちのない辺りを、流れた。
「クリスマスじゃん、彼氏にプレゼント買おうと思うんだけど、なにが良いか、一緒に選んでよ」

 夢の終わりは、あまりにもあっけなかったりする。
 高倉少年を創作活動に駆り立てた衝動は、世界の変革をのぞむ衝動にほかならなかった。
 いま、僕はこんなにも生きにくい。けれど、僕はいつか、世界を創造する。僕を中心に、世界が創造される。僕は、世界の創造主だ。
 中二病、は彼にとって、世界の、あるいは己の価値を転換せしめる機構であった。すなわち、僕は狂気の徒であるが故、世界はこれほどまでに生きにくいが、狂気と才気が紙一重であるならば、狂気の果てにこそ才の極致が、つまり、新たなる世界の創造が訪れる。
 けれど、少年は狂人ではなく、ただの「そこそこの」人だと気がついたとき、価値転倒は何の意味もなさなくなってしまった。あっけなく、少年の中二病は癒え、彼はもう、創作活動には興味を示さなくなった。

「ねぇ、どんなものが良いかな」
 雑踏にまぎれ、声が聞こえる。低い、と言うかハスキー、と言うか、見た目からはちょっと想像できないような、落ち着いた声。
 先輩は、彼氏の前ではどんな声を出すんだろう。安いテレビドラマだったか、アパートの一室で狭いベットにもぐりこむ男女の睦言が聞こえて、少年の視線はまた逃げ場を探した。



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