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「君も、彼女のこと、縛ったりする?」
「いや、あんまり、と思いますけど」
「そっか、高倉、優しいもんな」
「そうすか?」
「でも、そういう男に限って束縛しぃなんだよ」
「そんなこと、ないですよ、たぶん」
「そう?」
「先輩、可愛いからきっと彼氏さん心配なんですよ」
「ありがと」
「俺も先輩のこと大好きでしたから」
からん、ドラマなら、グラスの氷が音を立てる場面、あるいは、ウェイトレスさんがわざとらしく食器を落として、がしゃん、っていってもいいのだけど、当然そんな演出はなく、あの頃、言うか死ぬかを選ばなければならないと思っていた台詞は、
「そう、ありがとう」
スゥイングジャズと一緒に流れていった。
それから、中学のだれそれは今何をしてるだとか、このあいだだれそれに会っただとか、そんな話をずっとして、先輩がスマートフォンを気にするたび、灰皿に煙草が積まれていって、ホットコーヒーをもう一杯づつおかわりして、ありがとう、そろそろ行こうか。あ、すません、俺、お手洗いに。
百貨店を出ると、陽はすっかり落ちていて、一枚着てきて良かった、いつかと同じように、風が冷たかった。
別に、意図したわけではなかったけれど、入った時とは違う口から外に出ていて、駅の周辺の繁華街と、そのまわりの住宅街が接するあたり、あまり賑やかでは無い商店街の通りに、二人はいた。
「えーと、駅まではどう行くのが近かったでしたっけ」
つとめて、わざとらしくならないよう、少年は言う。
「ええ、こっちじゃない?」
先輩はもちろん、正解を指して、そうっすね、行きましょうか。それ以上言いようのない、返答をする。
やっぱり先輩は、お手洗いに行っていない。
少年が中学1年生だったある寒い夜、彼は、彼女の前で小便を漏らした。それも、二人きりで。
それから、彼女がそのことについて話をすることは一度もなかったし、少年もそれ以上自分の醜態について触れることもなかった。
けれど、思春期の少年の胸の底で、彼女と失禁とは分かたれがたく結びついて、少年が密かに彼女を思うとき、それは決まって、失禁をする彼女の幻影となって、彼を甘く支配した。
それが、どれくらい続いただろう。ことによると今でも、彼は失禁する彼女の幻影を見る。
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