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 鳩屋家は、父と母と、祖父の3人暮らし。日中誰もいなくなることは、まずない。けれど、がちゃがちゃ、いくらノブを回しても、扉は開かない。
「あれ? おかしいな」
 ぴんぽん、呼び鈴を押す。しばらくの沈黙。返事はない。
「レナ、鍵はないの?」
「うん、持ってない」
 もう、肝心なところで抜けてるんだから。ほら、わたしがいて良かったでしょ? 言おうとして、別にわたしがいたからって家に入れるわけじゃないか、思いついて、やめた。
「どうしよう、すこし待ってみる?」
「うん」

 二人きり。ときおり風に流されて、こおりの欠片が玄関先まで流れてくる。雪になるなんて、言ってたっけ。
 灰色の空から、とめどない、灰色のちいさなかたまり。
きゅう。その静かな不規則な水音と同調するみたいに、下腹部の筋肉がきしむ。
おしっこ、したい。
 寒さで背中が震えるたび、きしみはにぶい痛みになる。
 あとどれくらい待てばいいだろうか。家に入れたら、お手洗い、借りないと。
「何か、あったのかな」
 ぽつり、つぶやく声。
 家族全員が何の連絡もなく不在。だれだって心細くなる。悪いほうに考えたくなってしまう。
「大丈夫だよ、レナのおじさんとおばさんと、おじいちゃんだよ」
 幼なじみ、小さいころから家族ぐるみの付き合いをしてきた。大丈夫だよ、きっと、大丈夫。そう言わないと、わたしも不安になる。
「嫌だな、いろいろ、思い出しちゃうよ」
 声が震えている。無理をして、すこしでも明るく聞こえるように絞り出された声。察しが付く。
 レナのおばあちゃんが転んで骨折をしたのも、大切にしていた飼い犬が交通事故で命を落としたのも、くらい雨の日だった。
「大丈夫、雨じゃなくて、雪だから」
 何を言っているんだ、わたし。
「ありがと」
 顔をあげた瞳が濡れているように見えた。雪のせいだと思いたかった。

 エントランスにうっすら、出来の悪いシャーベットみたいにこおりがかたまっている。ロマンチックな白、なんてじゃなくて、水っぽい灰色。屈折率の違い、って何の話だ。相変わらず空から落ちてくる、不規則な水音。



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