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さぁ、次はベランダ。かに歩きでいっぽ、いっぽ、距離を縮める。
降りやまないこおりのつぶに、髪も制服も、重く色を変えている。指先がしびれるみたいに、冷たい。
それから、そうだ、あの樋を足場にして、ベランダに飛び移る。
今のわたしの体重を、あのほそいパイプは支えてくれるだろうか?
けれど、考えている暇はない。今こうしている間にも、レナは玄関で震えている。ことによると、あのレナのことだ。この寒さの中、自分を追いかけて来るかもしれない。
いける、いや、いかなきゃいけない。
壁のはしから、樋をつかむ。樹脂の、ぬるりとすべるような感覚。いい、いけ!
からだが宙を踊る。そのわずかな隙、ベランダの手すりを掴め!
べこん。
鈍い、樹脂のゆがむ音。きっと、わたしは小さな悲鳴を上げただろう。
よし、いけた。
でも。
これからどうする。
少女の手は、かろうじて冷え切ったベランダの手すりを掴んだ。だが、掴んだだけ。足をベランダにかけることが出来なかった。
やややせ形とは言え、平均的な中学生女子のからだを支えるのは、やせ形の少女らしい、細い腕いっぽん。
宙ぶらりん。
のっぴきならない状況、とはきっと、こういうことを言うのだろう。のっぴきならない、変な日本語だなぁ。のっぴき、と、ならないに分かれるのだろうか。のっぴき、って何だろう。何考えているんだ、わたし。
ていぅかわたし、まわりからどう見えているだろうか。
びしょぬれの、制服姿の女子が、2階のベランダにぶら下がっている。
こんな天気だ、通行人の姿も見えない。でも、もしだれか通りかかったら。ひょっとしたら通報されるかも知れない。通報されたら通報されたで、警察のひとに窓を開けてもらえばいいか。やっぱり、何を考えているんだ、わたし。
電流みたいに、どうでもいいことがあたまの中でぐるぐる回って、知ってる、こういうときって、いちばん大事なことが考えらないときだ。大事なこと、わたしはこのまま2階にはたどり着けず、落下する可能性が高い。どうする。どうすればいい。どうすれば!
あっ。
起きてほしくないことが起きるときは起きるし、それが重なるときは、重なる。
下着に、温もりがはしる。
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