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「すいません、おばさん、ちょっと、めまいがしちゃって」
よし、用意していた言葉は、たぶん滞りなく言えた。少女が受話器を持ち直す。
「あら、大丈夫? おばちゃんもめまいがひどくてね、もう年だから」
すごいな、この状況でも自分の話をするんだ。
「すずちゃんも大変ね、もう高校生だもんね。進学おめでとう」
はぁ、ありがとうございます。
「そうそう、それで入学のお祝いの相談、お父さんお母さんとしようと思って」
「えぇ、そんな、すみません、気をつかっていただいて」
「いいのよ、それに、お義母さんの法要も決めなきゃいけないし」
はぁ。
「まったく、うちの人もお義兄さんものん気なんだから。いつもわたしが」
はぁ。
「まぁいいわ。また電話するから。頑張るのよ、それじゃあね」
「はい、ありがとうございます」
かちゃり。数時間ぶりに、右手が受話器から解放される。
ひざもおしりも、すっかり冷たくなっている。さ、後始末しなきゃ。まずは、床から。
立ち上がる。ぴちゃぴちゃ、水の落ちる音。いったいどこに溜まっているんだか、いまだによく分からない。
つまさき立ちで、洗面所を目指す。タオルと雑巾と、バケツを抱える。バケツのなかには、濡れ雑巾をひとつ。
まずは、水たまりの隠滅。かがむと、服にすわれたおしっこがぽたぽた、落ちる。忘れずに拭いておかないと。
水たまり。雑巾一枚では拭ききれない。だいたいいつも、3枚は使う。すっかり拭いたら、しっかり水ぶき。においしちゃったらまずいから。乾いてからさりげなくくんくんしてるけど、いままでおしっこくさいと思ったことは、いちおう、ない。
それから、お着替え。まずは靴下を脱いで、お風呂場に放りこむ。足の裏、よく拭いてから。そうそう、洗面所までの足あとも、拭いておかないと。
バケツも置いたら、つまさき立ちで、自分の部屋。新しいズボンと、ぱんつ。カットソーも濡れちゃったかな。うっかりそのままにしておくと、乾いたときすごくおしっこくさいんだよね。さすがにまずい。着替えよう。
一式抱えて、再びお風呂場。
洗濯機にそのまま放りこむとばれるから、お風呂で一度水洗い。それから、へやでこっそり乾かして、改めて洗濯機へ。今のところ、親に気付かれた形跡はありません。
お風呂場でまず、濡れたスェットと、ぱんつを脱ぐ。
つい、濡れた跡、見ちゃう。わたしって変態かも、いちばん感じる瞬間。
スェット。両手で持って、目の前で広げる。前はそんなに濡れていないけれど、うしろはおしりのかたちにまん丸く濡れて、それから両脚のほうまで、ぐっしょり。
ぱんつ。今日は、白とグレーのしましま。やっぱり前はあんまり濡れていないけれど。うしろはびっしょり。わたし、おしりおっきいなぁ、つくづく。
それから、カットソーも脱ごう。どこが濡れてるかな。髪についたりしないかな。耳より少し低い位置で2つに束ねられた髪の毛の、肩を過ぎるあたりに下がる先を気にしながら、ゆっくり、脱ぐ。
これでぜんぶ。さすがにブラは大丈夫だよね? 足元に広げて、シャワーで流す。よぉく流して、しぼって。窓から差し込むひかりはだいぶ低くなって、お風呂場のタイルの色のせいか、水色がかって見えた。
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