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空になった車いすががたごと、右に左に跳びはねる。それがどうした、わたしはもう本当に泣きながら、坂を上がって、それから躑躅の脇の坂道を下って、駐車場を走り抜けた。
ビルに飛び込む。わたしはたぶんひどい顔で、先に到着していた仲間たちをかき分ける。
じゅ、じゅうう、しゅう、
体裁なんてかまっていられるか。間近に待つ解放のときを感じ、ひとすじ、またひとすじ、熱い流れが太ももをつたっている。
お手洗いの入り口が見える。車いすを投げ出すみたいに置き去りにする。慣性の法則に従い車いすは、ごつん、壁にぶつかる。ごめんなさい、傷、付いたかも。
しょ、しょわわ、しょわわわ、
お手洗いに転がり込む。誰もいない。もうちょっとだから、お願い!
もう、ひとすじ、なんて量ではなかった。雨で言えば、本降り、いや、どしゃ降りか。筋肉はもう緊張しっぱなして、間違いなく熱の源を閉ざしているはずなのに、熱い熱い液体が下着を突き抜け、足元まで押し寄せているのが分かる。雨にさらされすっかり冷たかったはずの皮靴のなかに、あり得ない、熱がひろがる。
いちばん近い個室のドアを引く、ばぁん、勢い余って壁に叩きつけられた扉が、怒ったように鳴く。
おトイレ!
心臓が喉から飛び出すぐらい、息をするのも後回しにして、必死で、必死でたどり着いたクリーム色の陶器が、目の前、あと50センチ。
あと、たったの50センチ。
けれど。
きっと今、人生でいちばん必要としていたその場所を目の前にして、少女はそこに座る意味を失った。
ぴちゃ、と、ぱしゃしゃしゃしゃしゃしゃ、ぱ、しゅわわわわわ、
おなかのなかがみるみる軽くなっていく。あと2歩踏み出せばおトイレだ。そこでからだの向きを変えて、腰をおろして、下着を下げるだけでいい。しかし、そのほんのわずかの時間すら、少女には残っていなかった。
ばたぁん。さっき、壁にたたきつけられた個室の扉が、控え目な音を立てて閉まる。
照明を遮られた個室のなかは、とっても、暗いと感じた。
ぴちゃ、ぴちゃ、ぱた、
お手洗いに飛び込んだ時から始まっていた水音が、目的地を目の前にして、本来立てるべき水音をさせることなく、静かに、途切れる。
筋肉はまだしびれたみたいに硬いままだったけれど、おなかのしたにもう、痛みはなかった。
でちゃった、おしっこ、でちゃったよ。
胸の下の筋肉が、ようやくゆっくり緩み始める。は、はぁ、は、忘れられていたような吐息が漏れて、響いた。
おもらししちゃったの、わたし。
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