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ひざがかたかた、震えている。ひざだけじゃない、肩も背中も、からだじゅうが震えている。肌に張り付くブラウスが、冷たい。
ぐっしょりと濡れた水色のスカートの裾からのびる白い足。足元の白い三折りソックスは濃いグレーに色を変え、それが、雨なのかおしっこなのか、判断はつかなかった。
靴のした、いびつにひろがる透明の水たまりが、うすぼんやりとした個室の暗がりのなかで、きらきら、波打っている。
おそるおそる振り返る。水たまりは扉のした隙間から、個室の外まで伸びている。
弾かれたみたいに扉を開ける。お手洗いの入り口から個室まで、てんてん、いや、もっと多くの、水たまりが続いていた。
「築地さん?」
その水たまりの先から、悪い夢みたいに、その人影が現れたとき、冗談じゃなく、少女の意識は遠のいた。
「違うの、これは、おもらしじゃないの!」
薄れかけた意識のはじっこで、そんな言葉が飛び出したことに、少女は驚いて、それで、つくづく自分が嫌いになった。
「これ、使って!」
前髪の先からまだ雨のしづくをしたたらせたまま、少女は松葉づえにもたれかかり、肩にかけたバッグから、白いかたまりを取りだした。
それが、タオルと、それにくるまれた下着である事に、胸の前で手渡されるまで、気付かなかった。
「はやく、誰か来る前に、急いで!」
少女は恥ずかしい水たまりの上をためらうことなくひょこひょこと近づき、下着とタオルを押しつける。
そのまま、個室のなかへ詰め込まれる。ばたん。
「こっちはわたしが何とかしておくから、早く!」
扉の向こうから、そんな声が聞こえ、続いてがたがた、物を動かす音がする。
わたし、何やってるんだろう。これ、ほんとに穿いていいのかな。意識がまだ、帰って来てくれない。でも、このままじゃ、個室から出ることさえできないこともまた、分かっていた。
濃いピンクと、くろのしましまぱんつ。ボクサータイプ、って言うんだっけ。わたしがいつも履いているのは、いわゆるショーツ。この形のは、ブルーデイのときしか使わない。
スカートをまくりあげ、太ももをぬぐう。やわらかくて、あったかかった。
靴を脱ぐ。水たまりからちょっと離れたところ。トイレの床に靴下で立つことは、この際、気にしないことにした。
それから、ぱんつを脱ぐ。濡れて、きしきし言う。芳香剤が充満しているはずだけど、少女の鼻は、確かに、おしっこのにおいを感じた。
もう一度太ももをぬぐって、そうっと、新しい下着に足を通す。するり、それは滑るように、少女の下腹部を包んだ。
扉を開ける。まぶしいたぶんLEDのあかりのなかで、岡本さんが器用に、モップがけをしていた。個室の外の水たまりはすっかり見えなくなっていた。
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