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 ぼぉ。何を見るわけではないけれど。いちおう子供たちを見ている。ときどき、たかあきを探す。もぐったり、水をかけ合ったり。いつみてもけらけら口をあけて笑っていて、それでむせたりしている。ばかだなぁ。どぅして男の子ってばかなんだろ。おまけに生意気。今朝だって、ぜったい分かっててトイレ長く入ってたでしょ。ほんと、最悪。
 ときどき、プールから上がってトイレに行く子がいる。たぶん1年生とか、小さい子が多い。それで、トイレから出てくると、そばにいる監視員のひとにバケツで水をかけられている。ところであれ、なんで水かけるんだろ。やっぱり、おしっこ流すためかな。水着だから、そんなに気にしなくていいような気がするけど。てぃうか、プールのなかでおしっこしてる子、ぜったいいるよね? え、わたし? したことないよぉ!
 なに考えてるんだ。やめやめ、トイレのことは考えない。
 じりじりじり、頭も熱いけれど、足のうらも熱い。見ると、向かいのお母さんがバケツに水をくんで、足元に流していた。そっか、そうすればいいんだ。あのバケツ、何に使うのかと思った。
 プールの隅に置かれている青いバケツを手にとり、水をくむ。青い水面、きらきら。さすがにこんな日は、水の中も気持ちいいだろう。
 ぴっ。
 水を見て、両脚のあいだの筋肉が少し震えたような感じがした。ん、まさか、ね?
 バケツに3分の1くらい、プールから水をくんで、足元に流す。ざあっ、冷たくて気持ちいい。けど、すぐにぬるくなって、ぴちゃぴちゃ、焼け石に水ってよく言ったもんだ。
 足元に流れる、ぬるい水たまり。ぴ、ぴく。また、筋肉が震える感じ。え、まじで。おしっこしたくなっちゃった? 本当は、もう一口、水を飲もうと思ったけれど、やめといたほうがよさそう。
 子供たちは相変わらず楽しそう。わたしはくるくる、半径3メートルくらいを行ったり来たりしている。大丈夫ですよー、ちゃんと監視してますよー。
 背中がもう、じっとりと汗ばんで、ときどき、わきの下からわき腹のあたりまで、汗が流れている感じかして、くすぐったい。正面の時計を見る。11時をすこしまわったところ。あと、1時間か。
 監視員役のお母さんたちは誰も、トイレには行っていない。子供たちも、やっぱりときどきちっちゃい子が行くくらいで、大きい子たちは誰も行っている様子はない。やっぱりわたし、トイレに行ける雰囲気じゃない。
 水たまりから右に左に、ぺたぺた、足あとが伸びている。もう半分くらい消えかかっているのもずいぶんあって、じっと見ていると、ほら、すぅって消えていく様が、なんだかおもしろかった。
 ここへきてから、水を一口飲んだだけだ。冷静に考えれば、トイレに行きたくなるはずはない。考えすぎだって。
「篠田さん、どうぞ」
 びくっ。いつの間にいらしたんだろう、監視役のお母さんが紙コップを差し出している。中身はたぶん、麦茶。
 ちょっと、え、でもこれ、断れないよね。
「ありがとうございます」
 わたしはせいいっぱい笑顔で受け取ると、一気に飲み干してコップを返した。
 味は良く分からなかったけど、歯が痛くなるくらいの冷たさがのどを通り過ぎていく。おなかの中がきゅうって、縮むみたいな気がして、それからすぐに汗がふき出す。
 そうだよね、のど、乾いてるよね。
「ちゃんと水分、補給してね。倒れちゃうわよ」
 えへへ、ありがとうございます。照れ笑い、いや、苦笑い。だいじょうぶ、みんな汗になっちゃうって。



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