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 はやく上がる! 先生の声。たかあき、まだ遊んでる。もう、あのばか! 早くしてよ!
 おなかのなかでも、早くして、って。まだだめ、ぎゅうう、出口を押さえる。
 前かがみになれば、少しは楽になるかもしれない。でも、誰かに見られたら。わたし、中学生だから、お姉さんだから。すっ、はっ。
 それはもう、腹の立つくらいのひかりが空から落ちてきていて、けれどさっきから、背すじの震えが止まらなくて、からだが感じているのは寒気、いや、悪寒。
 いっそこのまま、透きとおるあの水のなかに飛び込んでしまおうか。だれか溺れてくれたら、わたしはまっさきに水に飛び込む。それでわたし、おしっこ、できる。
 ばか、わたし、何考えてるんだ。
 たかあきを入れた何人かの男子がプールから上がって、透きとおった青い水面が波打っている。12時、シャワーをくぐりぬけた子から順番に、更衣室へ流れていって、もう、着替えを終えて出ていく姿も見える。混み合う更衣室前、あの混雑にまぎれて、いま、トイレに行けば、間に合う。小走り、もういいよね?

「監視のみなさん、お疲れ様です。最後に、プールとトイレ、更衣室の清掃をお願いします」

 先生が、大きな虫取り網みたいなのを持って、言った。
 うそ。後ろから引っ張られるみたい、変な姿勢でからだが止まる。監視のお母さんたちは先生から網を受け取っている。どうしようわたし。
 もうすっかり、おしっこできるつもりでいた。すっかり安心しきっていたからだに、もう一度、命令する。おねがい、まだだめ!
 更衣室前。隣はトイレ。まだずいぶんな数の子が、なかにいる。篠田さァん、声をかけてくれる子がいる。必死で背筋を伸ばす。にっこり笑顔。もちろんおまたからは、手をはなす。

じわっ、じわっ。

 うわ、でちゃった。まだ100円玉くらいかな。でも。
 網を受け取ったお母さんたちは、プールにさきっぽを突っ込んで、くるくる、歩き始めている。
 先生がもう一本網を持って待っている。
 どうする、もう、トイレに行けるとしたら今しかない。っていうか、今行かなきゃ、間に合わない。首筋で汗がぬめる。のどの奥がふるえている。
「先生、トイレ!」
 とっさに、飛び出した言葉。トイレ、行かせてください!
「トイレ掃除は後でいいわよ、みんな帰ってから」
 そぉじゃなくて!

じゅ、じゅわ、じゅじゅ、

 500円玉、ううん、1000円くらい! もぉ、だめ!
 下級生が、つぎつぎと通り過ぎ、あるいは髪なんてを拭きながら、おしゃべりをして。
 わたし、中学生だから。おしっこ我慢できないなんて。こんなところで、おもらしなんんて。ない。
 けれど、無理なものは、むりなんだ。



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