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「ねぇ、知ってる? 学校の七不思議」
 たぶん入学してあまり日の経っていないころ、クラスメイトがしていたおしゃべり。
「音楽室のお化けと、理科準備室のお化けと、美術室の絵と、体育館と、3階のトイレと、中庭の池と、あと、図書室のお化け、だって!」
「まじで!? 美術も体育も行きたくないんですけどー」
「てぃうか、図書室あったんだ、っていう」
「だね、わたしも知らないんだけど、どこ図書室って」
 道を挟んだ隣の建物の4階です、ばか。
って言いそうになって、無言でフェードアウトした。
 それから、図書室のお化けなんて、一度も気にした事がなかった。むしろ、本の好きなお化けなら一度会ってみたい、それくらいに思っていた。別にわたし、怖くなんてありませんから。
 そう、怖くなんてない。お化けなんていない。わたしは急いで、本を棚に押し込む。手が震えて、思ったより手間取る。怖くなんてない、お化けなんていない。
 鞄を肩にかけると、灯りを消す。もう図書室のなかを見ることはせずに、鍵をかける。みぞおちの辺りで、なにかもやもやしたかたまりみたいなものが、蠢いている気がする。怖くない、怖くない。
 顔を上げる。廊下の照明はすでに消え、左側の窓からさす星あかりと、遠く下り階段にともる非常灯が冷たく、床を照らす。階段の向こうは、もう見えない。
 真っ暗な廊下、いままで何度も見ていますよね? 怖がる事なんて何もありません。

こつ、

 びくぅ。とっさに、後ろを振り向く。行き止まりだ、壁だけだ。息を殺す、耳を澄ます、何も聞こえない。
 もう、早く行こう。あまり遅くなると先生も心配するだろう。校則を守れないようでは、図書委員以前の問題だ。
 足早に廊下を進む。ぶるぶるっ、小学校の頃はときどきあったけれど、最近はあまり感じていなかった、内臓を掴まれるような震え。同時に、おなかのした、かたまりが揺さぶられて波打つ。ぱんぱん。お手洗い行かなきゃ。
 変に緊張したせいか、いや、別に怖いわけじゃないんだけど、欲求レベルが一気に引き上げられた感じがする。レベル4。万全の我慢をし、すぐにお手洗いに行くことが望ましいです。
 はやあし。スカートのすそが両足に絡まるような感じがうっとうしい。誰も見ていませんよね? 事態は急を要しますので。右手を、スカートの上からそっと、熱を帯び始めた両脚のあいだに添える。強く抑えたら歩きにくいですから、そうっと。
 階段を下りる。3階、つま先が内側を向いてしまっていて歩きにくい。たぶん、右手の位置が不自然だから。けれど、手を離すことはもうできなくて、それどころか、肌の熱が直に指先に伝わるくらい、ちからが、増す。
 どの階にもお手洗いはある。けれど、どれも階段からは少し離れている。あの廊下の闇のなかに踏み込む勇気は、無かった。
 いいえ、だから、怖いわけじゃなくて。一階のお手洗いなら、校舎の出入口にいちばん近いですから、最短ルートですみます。それに、校舎の出入口には明かりもついていますから、より安心です。別に、怖くなんてないですから。最初から、1階のお手洗いに行くつもりだったんです。
 駆け降りる、とはまさにこういうことだろう。たぶん今までの学校生活でいちばん早く、しづかは一階へと到達した。それから、校舎の出入口が開いていることを、くすんだ蛍光灯のひかりのなかで確認して、さぁ、お手洗い!



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