−2−
 いちおう絨毯が敷かれているけれど、そのせいか、なんとなく埃っぽい細い廊下、ちょうど真ん中あたりに、これまた埃っぽい小さなエレベーター。ぴんぽん、アナログな音がする。高級ホテルはさすがに予算オーバー、さりとて、ブティックホテルではあけすけだろう、まぁ、ふつうの安ホテル。
 扉が開く。先客が乗っている。ピエロのような出で立ちのお姉さんと、黒のタキシード姿の男性。親よりは、少し若いくらいか。
 たぶん、目的地はいっしょだろう。あら、という顔をして、お姉さんが会釈をする。こんちわーッス、青年が小声で答える。先輩は、エレベーターのボタンを見ている。お姉さんが、ほら、男の子だってしっかりきめてるでしょ? そんなことを男性と話していて、青年は少し、扉寄りにからだの向きを変えた。
 ぴんぽん、扉が開く。先輩はロビーを横切り、足早に出入り口に向かう。青年はマントを揺らし後を追う。背後で、パーティにいってきまぁす、甲高い声が聞こえた。
 10月も半ばを過ぎれば、夜は寒いと感じるには十分で、青年はジャケットを用意しなかったことを少し後悔した。ひらひらとなびくマントは、防寒具の役を果たしてはくれない。
 無数のネオンの瞬く繁華街、から少し離れた飲み屋街の人波を、つとめて挙動不審にならぬよう前だけを向いている青年の半歩先を、優雅に、しかしその体格のせいか、どこかあどけなさ感じさせ、彼女は歩く。
 いつだったか、水色のアリス・エプロンワンピースをまとった彼女と飲み屋街を歩いていたら、ここは小学生のくるところじゃないぞ、どこぞのおじさんにそんな声を掛けられた。
「ついたよ」
 右手に10段ほどの階段、その先に平屋のマンションのような建物。賑やかな飲み屋街の一角にしては、あまりに飾り気のないコンクリの作り。知らなければ店舗だとも思わないかもしれない。
 けれどその広い階段には、すでに百鬼夜行の出で立ちの列ができ、道路にもまた、4、5人でかたまるグループがいくつか見受けられる。
 2人は、階段の下にはみ出した列にくっついた。
「チケット、いい?」
「あ、はい」
 青年はパンツの後ろのポケットから財布をひっぱり出し、お札よりは一回り小さい長細い紙を2枚、取り出すと、右手でまたごそごそ、財布をポケットに戻す。
「はい」
 彼女が右手の掌を上に向ける。青年が一枚、紙を手渡す。
「開演、8時半でしたっけ、ずいぶん並んでますね」
「そだね、もう少し早く来ればよかったかなぁ」
「すません」
「別に、いいけど」
 ゆっくりと、列が進む。会社帰りのサラリーマンらしき皆さんが、おお、すげえぜ、なんて言いながら通り過ぎていく。先輩は前を向いている。横顔が白くて、きれいだった。
 やがて、入口。スーツのお兄さんがチケットを切る。それから、下り階段。足元だけを照らすオレンジの明かりが続いている。熱気とともに、人の流れが降りていく。ハッピー・ハロウィン! 背後から甲高い声。ちょっとびっくりする。さっきのお姉さんが、お連れあいさんと腕を組んで、階段の先の人の中に消えていった。
 スカートを少したくしあげるよう、両手を添えて、彼女が先を行く。こつこつ、自分の靴音がやけに響く。
 踊り場をひとつ曲がると、視界が一変する。
 ぎらぎらと蛍光色のひかりを吐き出すブラックライト、物販スペースだろうか、右左でぎゅうぎゅう、列ができていて、そのあいだをすり抜けて奥へ進む流れがあるかと思えば、そこかしこでくねくね、踊る異形の装いの一群がいる。
「今日は買うものもないし、降りよっか」
「うす」
 返事はしたけれど、いったいここで何が買えるのか、青年には分からなかった。
 さらに階段を下ると、おなかに響く重低音のビート。もうひとつ踊り場があり、どうやらロッカー室のようで、ブラックライトのなかで見るコインロッカーの群れは、墓石のようでもあると思った。



←前 次→