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 さらに下る。もうずいぶん深く降りた気がする。先輩は振り返らずまっすぐ降りていく。僕はただ、後ろをついていく。
 もうひとつ、角を曲がると、僕はかなりびっくりして、きっと多分こんなことでもなければ、ほんとうに縁のない場所に来たのだと思った。
 大学の大教室ほどはあるだろうか、ぱっと見、1000人は入れるだろう。地下にこんな大きな会場があるなんて、僕はちょっと想像していなかった。
 極彩色の照明が瞬く、無人の舞台。その下に広がるフロアには、七色のレーザー光線が四方八方から注ぎ、まだ少し見える床に、幾何学模様を投げかけている。  舞台以外のフロアの3方は、1段ほど高くなって、柵が設けてある。テーブルがずいぶん置かれて、座っている影も見える。煙っているところもあるから、たぶん喫煙席だろう。
 重低音のきいた電子音楽が流れている。フロアではくるくる、踊っている人たちがずいぶんいる。僕は、人波に消えそうな先輩の後姿に置いていかれないように、もがいた。

ハロウィン・パーティ。
いつから先輩は、こんなところへ足を運ぶようになっていたのか。

「ねぇ、再来週の土曜、空いてる?」
「あ、はい」
 先輩からの誘いだった。なんでも、先輩の好きなバンドが、ハロウィンのイベントに出演するそうで、一緒に見に行かないか、声をかけられた。
 青年が彼女の頼みを断ることはまずない。青年からはあまり、特に外出に関して物事を提案することはないから、イベント事はだいたい、彼女がもちかける。
 もちろん、普段のデートならば、行き先や行程、食事場所まで、ほとんど青年が段取りをする。今回も、チケットとホテルの手配は、お誘いの翌日、青年がスマートフォンで行った。
 それから、何となく衣装についての話しになって、どうせなら君も仮装をしなよ、背高いんだから、似合うよ、そんな言葉で、何となくやってみることにして。

 中学の頃の先輩は少なくとも、僕の思う限り、多くの人間の集まる場所へ好んで出かけるタイプではなかった。
 部活の仲間やクラスメイトなど、一部のごく親しい人とは付き合うけれど、それ以外とはすすんで話をしようともしない。それいでいて、寂しがりやで、甘え上手で、僕はそんな先輩が大好きだった。
 こころを許したごくわずかの人間にしか素顔を見せない、孤高の天才少女。下界の欲望とは無縁の、美そのものである硝子細工。僕の思い描く先輩を言葉にすれば、そんなところになる。
 けれど、お付き合いをして思ったのは、先輩は意外と普通の女の子だったということ。
 当たり前のように、笑い、怒り、悲しみ、嫉妬する。多少人付き合いは苦手だけれど、きっと他の女の子とあまり変わらない、生身の人間。
 恋は盲目、と言うけれど、僕は如何に勝手な妄想を彼女に見出していたのか、思い返すと、恥ずかしさが変な音声になって、口から飛び出てきそうになる。
「何か、飲む? 注文してよ」
「あ、はい。ええと」
「あっちの奥のカウンター。わたし、スミノフアイス」
「あ、了解っす」

 舞台下手側の、テーブルのひとつに彼女は腰を下ろした。クロームの光沢の椅子に、照明が反射して、色つきの影のように、彼女を照らす。僕はお尻の財布を確認して、カウンターに向かう。
 人ごみをかき分ける。平均よりも多少背が高くて良かったと、朝の駅で思うけれど、今もすこし思う。
 席に戻ったら、先輩がいなかったらどうしようか。あるいは、他の男がいたらどうしようか。そんなことを心配するときがある。今もすこし思う。
 先輩の元彼は、バンドマンだそうだ。
 きっと彼に連れられて、ライブハウスだとか、イベントだとかに行ったのだろう。
 あの、人ごみの嫌いな先輩が。
 そして自分から、人ごみに足を運ぶようになった。
 先輩を束縛するつもりは毛頭ないから、彼女の予定は気にしていない。いつどこで何をして、誰と会っているか、気にしないことにしている。
 けれど、それでも胸が苦しくなるときがある。
 先輩は実は浮気をしていると仮定して、僕はその仮定の浮気相手に嫉妬している。そんな気がする。実にばからしい、と思うのだけど、それでもこうして、胸が苦しい。



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