−6−
じゅう、じゅじゅじゅ、

 必死で、我慢しているつもりだ。けれど、水圧が通路をこじ開けるちからの方が勝っている。あるいはもう、通路を抑える機能が、働いていないか。大腿を、しずくが滑り落ちるのが分かる。僕は柵に背中をつけたまま、舞台の方を向いている。先輩は僕の少しだけ前に立って、振り返るように僕の方へ顔を向けていた。
 汗ばんだ先輩の額、切りそろえられた前髪が、湿気で跳ねている。ヘッドドレスの黒いレースから、熱を帯びた、先輩のにおいがした。
 僕は大きく息を吸う。吸い込まれた空気の分だけ、おしっこが押し出される気がした。
 こうなると意外と冷静なもので、腹圧をかけ排泄を後押ししようか、それともなるべく小出しにしようか、などど考えたりして、とにかく公衆の面前での失禁と言う事態が避けがたく目の前にある以上、あとはいかに排泄を悟られぬようにするか、と、それと。
 それと、僕はそっと、じっとりと汗をにじませながらそれでもまだ重ねられたままの指先を絡ませるように掴んだ。視界の隅で、先輩はちらと、僕のほうを見た。ステージの極彩色の照明のせいか、彼女の瞳は、怪しげな光を放っているようにも見えた。

じゅ、じゅう、ちゅ、しわ、しわわわわわわわわ、

 限界だった。熱い流れが一気に、脚を駆け降りていく。布地がぺったりと張り付いて、熱を増幅する。僕は、さっきのボーカルのように、斜め上を見つめていた。

しゅわわわわわ、ぱちゃ、しゅうううううううう、ううう、

 筋肉をうまく緩められなくて、まだ、我慢を続けているような気がしたけれど、それでもおしっこは止まらなかった。
 長い長い、おしっこ。よくこれだけ、溜めこんだものだ。

じゅっ、じゅっ、じわ。

 どれくらいの時間だったのだろう。流れが途切れる。まだ耳鳴りはやまない。僕は、先輩の前で、公衆の面前で、おもらしをした。
 無数に蠢く人影が僕の方を向いていたかどうかは分からなかった。僕はようやく、先輩の顔を見る。先輩は少し、眉を寄せているように見えて、それから、ほぅ、小さく吐息を漏らしたように見えた。甘いにおいが、した気がした。

 ズボンの内側半分は、見事にびしょ濡れだったけれど、黒い色のせいか、それほど目立たないと、僕は勝手に思った。
 閉演を待たず、僕たちは会場を後にした。革靴のなかはびっしょりで、これ、明日履けるんだろか。歩きながらそんなことを思った。踊り場の物販スペースでは、まだくねくね踊っているひとたちがいて、いったい彼らは何をしに来ていたのだろうか。
 外に出る。夜気にさらされる濡れたズボンは、それは冷たくて、ホテルにつくまで寒くて仕方なかった。
 やっぱり先輩は僕の半歩前を歩いて、ひょっとしたら、僕を隠してくれていたのか。
 それで、一緒にお風呂に入って、ズボンと下着と靴下を水洗いした。自分、着替え持ってないんすけど。明日までには乾くんじゃない? 乾かなかったら、ドライヤーでも使えば。まじすか。そんな話をして。
 結局、あの日と同じように、先輩は僕のおもらしについて、それから何も言わなかった。僕も、それ以上聞かないことにした。



←前 次→