ー3ー
 ぴちゃっ、水たまりを揺らし、少女の靴は前進した。
 それから、あたまの中はほとんどまっ白だったけれど、とにかく、家に。
 がちゃ。
 あれ。
 がちゃがちゃ。
 開かない。
 ぴんぽんぴんぽんぴんぽん、呼び鈴連打。誰か知らないひとにやられたら、何事かと思う。
 けれど、返事がない。
 誰もいない。
 そうだ、両親は仕事。妹はまだ学校。
 家に、誰もいない。
 鍵がかかっている。
 当然、家には入れない。

 え?

 わたしは、あたまのなかをぐるぐる回して、考える。
 どうすれば家に入れる。
 鍵だ。
 鞄をがば、開いて、がさごそ、中を引っ掻きまわす。
 鍵なんて、持っていない。
 家に、入れない?

 少女は、扉を見上げた、部屋番号を確認する。確かに、わたしの家だ。
 ちょっと待って。
 ええと、えええ?
 家に入れない。ずっと待つの?
 えええ、このまま、ずっと?

 少女の年齢の倍くらいの築年数の、12階建てのマンションの、1階のはじっこ。父と母と、妹の4人暮らし。彼女はぴかぴかの、中学1年生。妹は小学5年生で、ちなみに名前は、加々美ありす。両親のネーミングセンスはちょっと疑っている。
 細いつややかな黒髪を、首筋の少し上で、ちょこんとひとつ、結んでいる。ついこの間まで、男子と一緒に公園やら走り回って、健康的に焼けた肌。身長は、真ん中より少し前。

 どっ、どっ、どっ、心臓の音が聞こえる。まだ胸が苦しくて、はっ、はっ、呼吸がはやい。
 背後で、親子連れだろうか、声が通り過ぎていく。とっさに、ドアの前から2、3歩、後ずさる。同時に、スカートの後ろ側に手がいく。濡れてはいない、みたい。無意識に水たまりを避け、廊下と植栽をへだてる鉄の手すりに、とっ、背中をついた。
 視界の斜め左前、扉の前、大きくひろがる水たまり。また、引きつれたようなため息。
 どうしよう。
 びしょ濡れの下着が、冷たくて、布地が肌にへばりついて。布って、こんなに硬いっけ。
 どうしよう。
 両親の帰りは予想が付かないけれど、たぶん、夕方よりは間違いなく後。妹は、遊ばずにまっすぐ帰ってくれば、4時前にはここに着くはず。
 とにかくそれまで、家に入ることが出来ない。
「あら、あっちゃん、もう帰り?」
 不意に、背後から声がかかる。
 びくぅ、まだ手すりにもたれたまま、首だけ振り向く。2つ上の階の、おばさん。妹と同い年の男の子がいるお家。
「はい、今日、テストだったんで」
 声を絞り出す、意外と、冷静に喋れるものだ。
「そう、お疲れ様」
「ありがとうございます」
 ぺこり、あたまを下げる。おばさんはそのまま通り過ぎ、たぶん、中央のエレベータを目指すのだろう。



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