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 少女は、足元だけを見ながら、とこ、とこ、長い廊下を歩く。スカートのすそを両手できゅっと握り、ときおりおしりの、おそらく半円に大きく色を変えているであろう辺りを、隠すように、動かす。くしゅっ、一歩踏み出すたび、ブラウンの品の良いつやの皮靴から、小さな音が、こぼれる。
 窓からは、澄んだ陽ざしが注いでいる。並ぶ教室からは、講義の声が聞こえる。廊下に生徒の姿は他にはなく、それは少しだけ、少女のこころを慰めた。
「あの、すいません」
 小鳥のさえずりのような小さな声とともに、少女は、廊下のはじの、医務室、と書かれた木の扉を少しだけ、開ける。
「あらー、アリエ君、どうぞ」
 振り向いて、隙間から少女の姿を見とめ、白い長いタイトスカートに、同じく白く丈の短いジャケットを羽織った医務教員が、ばたばたと机の上をあっちこっちさせながら、手招きをする。
「すいません」
 さきほどよりもさらに小さな声で、少女は答えると、扉の隙間を無理やり通り抜けるように部屋へ滑り込み、きぃ、後ろ手でそうっと、扉を閉めた。
「あの、その、」
 伝えなければいけない。けれど、ひゅう、声はまるで、吐息だけになって逃げていく。
「、しちゃい、ました」
 部屋のつきあたり、明るい大きな窓の前に置かれた机にひとり座っている彼女の、2、3歩手前まで、少しあたりを伺うように進み出た少女は、俯いたまま、すすり泣きのような声を絞り出した。
「あらあら、着替えは持ってる?」
「はい」
 少女はスカートのポケットから、白い薄い布の袋を取り出す。中には、丁寧にたたまれた、白い下着と靴下が入っていた。
「まず、手を洗ってきてー」
 振り向きざま、首に巻かれた、彼女の髪と同じ薄い桃色の透きとおるストールを揺らし、立ち上がる。それから、入り口の脇の、洗面台を指した。
 と、とと、少女は洗面台へ向きを変える。
「靴、ずいぶん濡れちゃってるわねー、かわりがあったかしら」
 少女の靴の外周のかたちに、細く点々と残された足跡を見、彼女は甲高い声で続けた。
 しゃあああ、少女が手を洗う。先生は、机の脇に置かれた背の高い木の棚の下段の引き戸を開けると、ごとごと、何やら動かしている。
「ああ、タオル、用意しておいたから、からだ拭いちゃって。濡れたものは、ひとまずそれに入れてー」
 先生はまだ、戸棚に顔をつっこんだまま、声を上げた。分厚い幾冊もの本や、丸められた紙や、ペンなんてが乱雑に散らばる机の、急ごしらえでこじ開けられた一角に、柔らかい湯気を立てる四つ折りにされた白いタオルと、銀色のボウルが置かれていた。机の前には、白い大きなタオルが広げられている。
 少女はまず靴を脱ぐと、足元のタオルの上に乗り、靴下と下着を、引き剥がすように立ったまま器用に脱いだ。まだ冷たい足のうらに、ふんわり、やわらかい感触が伝わる。ぽた、た、スカートから、透明のしずくがふたつ、落ちる。濡れた布のかたまりを、そっとボウルの中に置く。そのまま、白い温かいタオルを手に取ると、スカートの下の素肌、そして、右脚、左脚と拭った。
「あ、良さそうかな? ごめんごめん」
 少女がタオルを、銀のボウルに入れるのと同時に、先生が、片手に一足、革靴を手にしたまま、立ち上がった。
「浄化はもうすっかりできているわねー。今乾かしちゃうから、ちょっと熱いかもしれないけれど、我慢してねー」
 目の前に立った先生は、少女のおなかのあたりに、右の掌をかざす。すると、ふうっ、まるでその掌に呼応するかのように、スカートのすそがふわり、持ちあがり丸くひろがる。それから、背後でしゅうしゅう、白い湯気が立ったかと思うと、ぱさっ、またもとの位置に、戻る。
 湯気におもわず目をつぶっていた少女は、ゆっくりと顔のこわばりをとく。それから、片手をこっそり、おしりのあたりにやる。濡れていない、それどころか、たった今取り込まれた洗濯もののように、あたたかく、柔らかいにおいがした。
「あ、ありがとうございます」
 少女は、まだ少し俯いたまま、上目がちに言った。陽光に照らされた少女の瞳は、宝石のごとき、エメラルド・グリーン。
「あぁ、濡れた下着も、そこで洗っちゃって。いま乾かしちゃうから」
 笑顔でボウルを持ちあげる。少女が受け取ろうと手を伸ばすと、
「あ! ぱんつ穿いてからでいいわよぉ!」
 口をまん丸く開けて、ボウルを引っ込めた。
 少女は身支度を整え、靴を履く。改めてボウルを受け取ると、洗面台でごしごし、流す。
「はーい、おーけー」
 持ち帰られたボウルに、彼女が手をかざすと、ぼふ、白い、湯気が上がった。そのまま、乾いたばかりの少女の下着と靴下を丁寧にたたみ、手渡す。その間、ずっと下を向いていた少女は、少しだけ顔をあげて受け取ると、さきほどの布袋に詰め、ポケットにしまった。



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