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ー6ー 
「きゃああああッ」 
 自分の悲鳴で、目が覚める。まだ呼吸が荒い。見慣れた天井。机に置かれたこぶし大ほどの魔晶石が、くすんだオレンジ色のひかりで、室内を照らしている。 
 夢。少女は大きく息を吸う。じっとりと、麻の寝巻が汗ばんでいる。 
 汗? はっ、として、少女はかけ布団を跳ねのける。 
 ベッドのまん中、自分の影ではない。大きな、灰色のまんまる。 
 ひざ丈の、同じく麻の下衣が、ぐっしょりと生温かく、太ももに張り付いていた。 
「やっちゃった?」 
 不意に、背後から声がして、びく、少女は首だけ、振り向く。 
 ひと一人通れるほどの通路を開けて、隣に置かれたベッドのむこう、出入り口に近いあたりに、寝間着姿のルームメイトが立っている。 
「ちぃちゃん、起きてたんですか?」 
「ん、寝ようと思ってたところ」 
 少女はベッドの上で、ひとつ、ため息をつく。 
「やっちゃいました。洗濯、してきます」 
「ん、わたしも行こうと思ってたところ」 
「え?」 
 ぼんやりとしたひかりのなか、少女が目を凝らす。ベッドの傍らに立つ彼女の、同じく学校から支給される麻の寝巻の、ちょうど腰の下あたり、濃く色を変え、肌に張り付いているのが、見て取れた。 
「ちぃちゃんも、ですか?」 
 少女が、震える声で問う。 
「ん、間に合わなくて」 
 ッ、言葉が詰まる。 
「わたしの、せいですよね?」 
 小さな、小さな声。 
「ん、いいよ、間に合わなかったのは、わたしだし」 
「ごめんなさい」 
「だからいいって、早く、着替えよ?」 
「はい」 
 少女はベッドから降りると、薄いかけ布団をどけ、シーツをはがす。それから、ベッドとシーツの間に置かれた、分厚い座布団のようなものを引っ張った。 
 大丈夫、ベッドまでは濡れていない。 
「ちぃちゃん、あれ?」 
 眼鏡の少女が何も持っていないことに、首をかしげた。 
「わたしは、その、おもらしなんだ」 
 頬に人差し指をあて、ルームメイトは、少し天井のほうを向いた。 
洗濯はだいたい、寮の外の井戸か、少し向こうを流れる小川で行う。春とはいえ、夜はまだ冷える。二人はまず、シャワーを浴びることにした。 
居室から薄い木の壁を一枚隔て、トイレ兼小さなシャワールームが、各部屋に備え付けられている。 
「パジャマ、一緒に洗っちゃおう?」 
「はい」 
 少女たちは、服を脱ぐと、ふたりで入るにはかなり窮屈な、タイル張りの床のシャワールームに立つ。 
 あたまよりも少し高い壁に、年季の入った真鍮の色のシャワーヘッドがあり、その上には、屋上で浄化された雨水が溜められる、同じく年季の入った色の、大きな四角い木の桶が固定されている。 
 アリエが、シャワーヘッドの下の、壁にはめ込まれた石に手をかざす。石はしばらくして、赤く色を変える。 
「ごめんなさい、寒いですよね」 
「だいじょぶ、ありぃがあったかいから」 
「や、くすぐったいですぅ」 
 それから、石の脇の、やはり真鍮の色をした十字型の蛇口をひねる。ぱしゃああ、頭上から、あたたかなしずくがそそぎ、ふわ、優しく鳥肌が立つような、温もり。 
「ん、きもちいいね」 
「はい」 
 狭い場所で、かわりばんこにシャワーを浴び、少女たちは白い湯気に包まれて、目を細めた。 
 それから、ばしゃばしゃ、寝巻を流す。 
「水洗いだけで大丈夫でしょうか?」 
「晴れたら、明日干せば平気じゃない?」 
「そうですね」 
「あ、着替え、あったでしょうか」 
「わたしはあるよ。ありぃ、無かったら貸すよ」 
「ありがとうございます」 
 ぎゅ、蛇口を閉めてから、服を絞る。たたたたっ、窓の向こうの静かな夜に、水音がひびく。トイレの向かいにかけられたタオルを取って、からだを拭く。 
「さ、これから洗濯です」 
「うん、夜が明ける前に、ね」 
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