ー5ー
 わたしは急いで、ちりとりを掴む。腕、首すじ、大粒の雨の水しぶき、ぶつかる。
 ちりとりを引きずるように、校舎のわき、少し、屋根のあるところに駆け込む。あっ。

しゅわっ、

 雨が、呼び水になったのか。脚の間、一瞬だけど、あつい熱が広がって、すぐに消える。
 もう、限界だ。おトイレ!
 ぱたぱた、足踏みをするような動作は、駆けだすためのものではない。早く、早く、雨を突っ切って、校舎のなかに飛び込もうとした、矢先。

「中川さん! ごめん!」

 降りしきる雨のなか、ふたつの人影。待ちに待った、福田さんとみさきちゃん。待ちに待ったはずなのに、最悪の、タイミング。
 ふたりともびっしょりで、福田さんの白いTシャツはぺったり、肌に張り付いて、その下の、細くてきれいな、胸の形まで分かるくらい。

しゅ、しゅわっ、

 また、熱が広がった。ぎゅううって、ちからを集めているのに、降りしきる雨に後押しされるみたいに、あとから、あとから。ほんとうにまずいかも。
 二人の前を横切って、雨やどりのため校舎に駆け込むことは、別に不自然じゃない。その流れでおトイレに行ったって、別に不自然じゃないよね?
 少女は校舎を目指し、しずくに濡れひかる太ももをこわばらせ、跳ねた。

ぴしっ、どーん!

 一瞬の閃きのあと、また雷の音。
「きゃあっ!」
 みさきちゃんが肩をすくめて顔をくしゃくしゃにする。同時に、ぱっ、福田さんが、みさきちゃんの手を、握った。
 わたしは、いなづまに打たれたような気がした。

しゅ、しゅうあ、じゅわわわわわわっ、

 少女は、降りしきる雨の中、立ちつくす。
 それは、恥ずかしい失敗をしてしまったからか、それとも。

しゅうう、ぴしゃ、あ、つつつ、つつつつ、ち、ぴ、ち、やっ、

 雨の中、影のような二人の姿はもう触れあってはいなかったけれど、少女のまぶたの裏で、閃光にように、手のつながれる瞬間が、繰り返され続けた。雨の音ではない高い水音が、雨の温度とは違うあつい熱が、くろこげのからだのなかを通りぬけていく。
「中川さん!」
温かい手が、行き場を探してだらりと下がったままだった腕をつかんだ。それからぐい、と、校舎の入り口へと引き込まれる。
「す、すいません!」
 なんで謝ってるんだろ、わたし。

ざああああああっ。

 雨が続く。白い煙みたいに、まわりが見えないくらい、すごい雨。
 服はびっしょりで、チュニックから、その下のキャミソールの柄が透けていて、でも、隠したら逆に、意識してるみたいで、少女は、水のしたたる額を手でぬぐって、あ、軍手、したままだ。
「中川さん、ひとりですごいやってくれたんだね。ありがとう」
 福田さん。
「ごめんね、わたしがその、寝坊しちゃって」
 みさきちゃん。
 って。
 ちょっと待って。
 寝坊したみさきちゃんを、福田さんが待ってたってこと?
 それって。



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