ー6ー
「あ、中川さん、顔」
 福田さんは、ポケットから白いハンカチを出して、わたしのおでこに当てた。きっと、軍手の土が付いていたんだろう。
 やめてください、わたし、福田さんの彼女じゃ、ないですから。
 うつむいて、瞬間、みさきちゃんを見てしまって。彼女の心配そうな顔は、彼氏が自分以外の女性に優しくしているところを見てしまった、彼女のかお。
 ざああああああ、雨の音。
「しばらく、止みそうにないね。保健室、今日は開いていないだろうし」
 ざあああああ。もっと降って。心臓の音も、二人の呼吸も聞こえないくらい。
「そうだ、ちょっと待ってて!」
 福田さんは麦わら帽子をかぶり直すと、ぱっ、雨の中へ、消えた。
 ざああああ。
「ごめんね、あすのちゃん」
 みさきちゃんが、小さい声で言う。
 ごめんね、あすのちゃん、わたし、福田さんと付き合ってるの。
って、聞こえて。わたしの気持ちなんて、知りもしないで。ぎゅう、くちびるを噛んで。
 ざあああっ、ざあっ。
「ごめん、おまたせ!」
 息の詰まる沈黙は、弾んだ声に遮られた。
「これ、プールで借りてきた。早く、使って」
 福田さんは、白いバスタオルをぐるぐる巻きにして、胸に抱えて、しかも、麦わら帽子をかぶせていた。きっと少しでも濡らさないように、考えてくれたのだろう。
 短い前髪から、ぽたぽた、雨のしずくが流れていて、どき、少女の胸はまだ、甘く痛んだ。
 冷えたからだに、バスタオルが温かい。
 本当は、太ももやふくらはぎもごしごししたかったけれど、髪や腕や、首をぬぐうまでにとどめた。おもらししちゃったんだもん、借りたタオルでおしっこ、拭くわけにはいかないよ。
 三人ともびっしょりで、それぞれ、両の靴の下には小さな水たまりができている。たぶん、ばれてないよね?
「急な天気の変化を考えないとなぁ。これからの草取りの予定、すこし見直さないと」
 福田さんは、空を見ながら言った。
「あっ、福田さんも、拭いてください! わたし、先に使っちゃったけれど」
 みさきちゃんが、慌てた様にタオルを差し出した。悔しいけど、わたしのおしっこタオルは、渡せない。
「あ、ありがとう。大丈夫だよ、これくらい」
 両手で、顔をぬぐった。
「今日は、これ以上は草取りできないね。雨が上がったら、解散にしよう」
 しばらく空を見て、ぽつり、言う。
「はい」
「中川さん、ほんとうにありがとう。やっぱり、頼りになるなぁ」
 どうしてこの人は、こんなに優しいんだろう。だれにでも優しい人を彼氏にすると、彼女さんは、大変そうだ。
 ざああ、ざあっ、ざあっ。
 雨あしが少し、弱くなったように感じる。心なしか、空が明るくなった。



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