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イリーバ魔法学校の授業は、1日に、午前と午後の2度行われ、午前と午後の間には、ゆっくりと昼食をとり午睡をしても、まだ時間があまるほどの昼休みがある。
授業時間は、季節によっても違いがあるが、概ね、日が昇ってから沈むまでである。それが4日行われた後に、2日の休みがある。
生徒たちは、日の出とともに食堂に集まり、おもいおもいの朝食をとって、授業の行われる講堂へと向かう。午後の授業の終わった後は、食堂で夕食をとり、あとは自由。寮の各階に設けられた談話室で過ごすものや、二人部屋であるからそれほど広くは無いけれど、誰かの部屋に集まり過ごすものもいる。
今日は、4日間の授業が終わり、1日目の休みの日であり、アリエとレツィタティファは、たまった洗濯を済ませた後、いちにちゆっくりと過ごす気でいたのだが、日も高く昇った頃、布のリュックサックに少しの荷物と水筒を入れ、森へと足を踏み入れた。
地図によれば、目的地は、講堂を中心に女子寮とちょうど反対側、男子寮の裏手にある、これまた生徒、教員合わせ200名以上の日々の糧を養う、広大な牧場から進んだところらしい。
イリーバ魔法学校は男女共学であるが、男子生徒の数は、女子生徒に比べれば随分と少ない。アリエたち2学年には、男子生徒はひとりもいない。なので、廊下か喫茶室で、ときおりすれ違うほかは、2人とも、ほとんど男子生徒との接触はない。
レツィタティファは、アリエが教員以外の男性と話をしている姿を見たことがない。だから、男子寮のわきを通る際、いかにも純朴そうなアリエが、必要以上に緊張をするのではないか、顔でも赤らめたのならちょっとからかってやろうか、と、内心思っていたのだが、当の彼女は、その先の牧場でのんびり草を食む牛や、寝そべった豚に目を輝かせ、その様子を逐一もの珍しそうに話すものだから、すっかりあてが外れてしまった。
動物たちにたいそう興奮している少女をいなしつつ、二人は森の入り口に立つ。点々と陽だまりがのぞく、鬱蒼とした森を見れば、あの日の出来事があたまをよぎる。自然と、からだが強張る。
「本当に、行くんですよね?」
「ここまで来て、なに言ってるのよ。ぱっと済まして帰るんだから」
「はい」
アリエは返事をしたものの、友人の足取りもけっして軽くはないことに気が付いた。
「大丈夫ですよね、きっと、なにもありませんよね」
それは、彼女に言ったのか、それとも、自分に言い聞かせたのか。
ぱきり、ぱきり、靴底が、乾いた小枝を踏む。ひいやり、足を踏み入れたとたん、空気が冷たくなったように感じる。
森なら、授業で何度も来ている。地図だってある。先生が魔法をかけてくれた地図、きっと、大丈夫。
しばらく進んで、レツィタティファは地図を見る。森は、右を見ても左を見ても、同じような景色にしか見えない。木漏れ日が、あちこちに落ちてはいるが、それでも、はるか頭上まで伸びた針葉樹の葉に空は覆われ、決して、明るくはない。
「ええと、こっちでいいはずだけど」
今まで進んできた方角と、地図とを見比べる。牧場の奥の森の入り口から、まっすぐ進んできたはずだ。間違ってはいない。
ひゅいい、鳥の声だろうか、高い音が響く。びく、二人は身を震わせる。場所により、きらりとのぞく日はまだ高いようだから、それほど時間は経っていないはずだけど、急かされるような、嫌な感じがする。
「行こ、薬草に近づくと地図が光るって、言ってたから」
少し低い声で、レツィタティファは言い、歩みを止めない。
すううっ。
不意に、地図のまん中から、ひかりが伸びた。それは少し左に傾き、森の奥へと伸びる。
「なるほど、光るって、こういうことね」
少女は眼鏡のつるに指を添え、感心したように言った。
「このひかりの指す方へ行けばいいんですね」
アリエは少し、胸が軽くなるような気がした。
「きっともう少しだよ、行こ!」
レツィタティファの足取りも、明らかに、軽い。
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