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 ぱきり、ぱきり、いくつもの陽だまりを過ぎ、木々の間を抜ける。灰色のうさぎが飛び出して、追いかけようとするアリエの袖を引いて制し、ばさばさばさっ、頭上できっと鳥の羽ばたきが聞こえ、二人は驚いて抱き合って、ひかりの指す方へ進む。
 やがて、それは一本、大きな、太い木の根元、濃い緑色の、とても艶のある細く平たい草の葉に当たった。
「これだ!」
 二人は、同時に叫ぶ。レツィタティファは駆けより、背中のリュックサックを下ろすと、ごそごそ、中を探る。アリエが後ろから覗きこむ。
 取り出されたのは、銀色の、手の大きさほどの四角い箱と、白い手袋。
「薬草を扱うときは、これを使うの」
 少女は、手袋をはめながら言う。
「さすが、ちぃちゃん、お薬も強いですもんね」
「いちおう、白魔道士志望ですから」
 喋りながら、少女は銀の箱のふたを開け、手早く葉を摘むと中に入れ、ふたを閉める。
「これで、お終いっ!」
 少女は箱を持つ手の反対を、ぐーに握って、顔の前に掲げた。
「さすがちぃちゃんです」
 アリエはにっこり、つい、手を叩く。
「さぁ、帰ろう! 後は来た道を戻るだけ!」
 リュックを背負いなおし、ぱっ、二人が振り返った、その瞬間である。

しゅいいんっ!

 一瞬、何が起こったのか分からなかった。いや、少し時間の経った今でも、何が起こったのかが分からない。
 少女たちは、倒れていた。
 自分たちが倒れていたことに気がついて、ゆっくりと起き上がる。からだのあちこちが痛い。
「あい、たたた」
 レツィタティファがあたまを振りながら、辺りを見回す。良かった、眼鏡は落としていない。見渡せば、先程と変わらぬ、森。しかしひとつ、違うことがある。
「ここ、どこぉ!?」
 目の前の光景を見、少女は思わず、叫んだ。
 三方は、確かに森。しかし、残るひとつ、まさに目の前にあるのは、上が見えないほど、切り立って、そびえたつ、崖。
 わたしたちはいつの間にか、崖から落ちたのか? いや、これだけの崖だ。気づかないわけがない。じゃあ、いったい何が。
 わたしたち? そうだ、ありぃは?
 慌ててあたりを見回す、ありぃ、ありぃ!?
「ちぃ、ちゃん、」
 か細い声。見回すと、背後の低い茂みから、白い何かが二本、にょきりと伸びている。
「ありぃ!?」
 慌てて駆け寄ると、少女はからだをL字型にして、もちろん、あたまが下である、茂みの中でばたばた、もがいていた。
「もぉ、なに遊んでるのよぉ! つかまって!」
 手を伸ばし、少女を引き上げる。ぱきぱきっ、枝を鳴らし、やがて、きゅうと眉間にしわを寄せた顔があらわれる。
「いたたたた、ありがとうございます」
「もぉ、やることがいちいち」
 いちいち、その先は、言葉にしなかった。
「すいません、転んじゃって」
 ぱたぱた、からだにくっついた葉っぱなんてを払う。転んだ、なんてどころの話じゃなさそうなんだけど。
「あれ、ここ、どこでしょう」
 ようやく事態に気付いたのか、辺りを見渡しながら、言う。
「知らないわよそんなこと!」
 知らないけれど、決して良くない状況に置かれていることは分かる。
「帰れるんでしょうか、学校まで」
「だから分からないわよ! この崖でも登れば、何か見えるんじゃない!?」
 少女は、いらだちを隠さず、言った。
「ごめんなさい」
 俯く。
「ああぁ、こんなことなら、飛行の授業、先取りしとくんだった!」
 飛行の授業は、二学年の後半からだ。
「ちぃちゃん、さすが予習にも余念がありませんね」
 アリエが目を丸くする。レツィタティファはもう一度怒鳴ろうかとおもったけれど、やっぱり、やめた。



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