ー5ー
「さて、どうするか」
、腕を組む。それから、ちらともうひとりの方を見て、
「ありぃ、怪我してるの!?」
スカートのすそからのぞく、左脚の膝の外側に、幾筋か、赤い切り傷を見つける。
「ああ、さっき、引っ掻いちゃったかもしれません」
「もぉ、先に言いなさいよ!」
 ぱっと、腰をかがめると、手のひらを傷の上にかざす。目を閉じる。ほどなく、傷が、まるで氷が解けるように、すぅっと、消えた。
「まだ痛むかもしれないけど、傷は塞いだから」
「ありがとうございます、さすがちぃちゃんです」
 褒められるのは、これで何度目だ。嫌な気はしないけれど。
「とにかく、どうするか考えなきゃ」
 三方は深い森、うかつに足を踏み入れるのは危険だろう。かといって、左右は見渡す限り、崖。どこまで続いているのかもわからない。太陽の位置を頼りに方角を探るにしても、崖と樹木に、空の大半は覆われている。崖に沿って行けるところまで行ってみるか? どのみち、少女の力では、この崖を登ることなど、とうてい、出来ない。どうする。

ぐぅ、きゅううぅ。

 この状況で、あまりに間の抜けた音に、レツィタティファはぱかんと口を開けた。
 アリエはお腹に手を当て、顔を真っ赤にしている。
「すいません、お腹、空いちゃって」
 まったく本当にこの子は!
 父親代わりであるオーデル先生はさぞ苦労しているだろう、ふと、思った。
 とは言え、森に入ってから幾度か水を飲んだほかは、何も口にしていないのも確かである。
「ちょっと待って!」
 レツィタティファは、辛うじてからだに引っかかっていたリュックサックをがさがさ、かき回すと、
「ほら、一緒に食べよ!」
白い布の小さな袋を、取り出す。
「わぁ、クマさんグミですぅ!」
「まさか、こんなことになるなんて思ってなかったから、これくらいしか持ってないけど」
「わたし、透明の、好きなんですぅ」
 笑顔でぱく、口に運ぶ。まったくこの子は、さすがに内心、あきれた。
 それから、二人で水筒の水を飲む。冷たさが、からだに沁みていくような感じ。思った以上に、のどが渇いていたのだろう。
 日が、傾きはじめている。暗くなったら、本当にまずい。魔物を抜きにしても、夜の森がどれほど危険であるか、生徒たちは知っている。下手をしたら本当に、森の中で、飢えと寒さで、死ぬ。ちょっとこれ、本当に、まずいんじゃないの。少女は重いため息をつき、眼鏡のうえから顔を覆う。
「あの、ちぃちゃん、」
 今度はなに!?
 少女を見、すぐに彼女の言葉の続きに気づく。
 彼女は、両脚をハの字にし、ぱたぱた、腰を小刻みに揺らしている。
あのトイレの近い友人が、ここまで一度も用を足していない。きっと、彼女なり気を張っていたのだろう。その分、いま、コルセットでぎゅっと締められたお腹のしたにはたっぷりと蓄えられているであろうことも、想像に難くない。
「その辺ですればいいじゃない」
 眉間にしわを寄せ、言う。
「でも、恥ずかしいですぅ」
 少女は頬を真っ赤にして、言った。
「あれだけ人前でおもらししといて、何をいまさらー!」
「でもぉ」
 すでに両ひざはぴったりと合わされ、必死で足踏みをこらえるみたいに震えている。限界は近いだろう。
「もぉ、わたし後ろ向いてるから、早く!」
「でもぉ」
 泣きそうな声。
「あああ、もぉ!」
 まるで少女は、自分が我慢の限界であるかのように、がば! 背後から両手をもう一人のスカートの中に突っ込んだ。それから、下着の両脇を探り、指をかける。
「ひゃあ、あッ!」
 悲鳴。少女が強引に、下着を引き下ろそうとした、その矢先、

とと、しょわ、しゅわわ、っ、

 すっかりあらわにされた、白い三角形の下向きの頂点から、透明のしずくが、糸のように、流れ落ちた。

しょぱ、ぴしゃ、ぱしゃしゃっ、しょおおおおお、

 糸は勢いを増し、幾筋の流れとなって、落ちる。地面に落ちたそれは、音を立て、背後にまだそのままの姿勢で立っているもう一人の足にも、跳ねた。

「ほんとにこの子はぁ!」
 ぴちゃん、その流れがようやく止まった頃、少女は顔をくしゃくしゃにして、叫んだ。
「ごめんなさぁいッ!」
 両手で顔を覆い、ただ、謝るしかない。



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