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冷たいほど正確で、激しくて、彼の音が駆け巡る。わたしもそれに応えるため、音を鳴らす。だめ、聞こえない。おなかの下のかたまりと、胸のおくのかたまりが、ざくり、ざくり、からだの中を、えぐる。二小節、たった二小節。なのに。
「ストップ。集中して」
分かってるよ。分かってるから!
わあって、叫んだら楽になるかな。渡部くん、どんな顔するかな。怒る? それとも、心配してくれる?
「ストップ、もう一回」
上半身がかたかた、壊れたおもちゃみたいに前に倒れそうになる。おなかの中のちからが、正しい姿勢を取らせてくれない。足は肩幅、基本中の基本。でも、やっぱりかたかた、内またになる、腰が下がる。だめ、だめだから、だめ。
「もう一回!」
できない、なんて。ぜったい言っちゃだめ。どんなに思っても、ぜったい弱音を吐いちゃだめ。渡部くんに応えなきゃ。渡部くんに。きいいっ、楽器が、きしんだ。
「ストップ」
びくぅ。渡部くんの声の調子が、今までと違った。背中を、冷たいものが駆けあがった。怒鳴られる! 本能がそう感じだ。
しょわっ
もうすっかり、おそらく汗で、熱気をたっぷりふくんだ布に、けれど、それよりももっと熱い何かが、滲んだ。かたっ、かたっ、突っ張った両脚、なんとか肩幅を維持しようとするけれど、おなかの下の強い強いちからに引かれて、不自然に、うちがわに曲がるのが、分かった。
「弾くから、聞いてて」
ひどく、静かな声。
たたた、たった、たった、たたたたたたたた、
わたしのパートを彼が弾く。正確で、切れが良くて、そう、わたしの弾きたい音。
涙が、あふれた。
弾きたい。できない。できないんだよぉ。
「泣かない、弾く」
ぐううっ、くちびるを血が出そうなくらい噛んで。ぎゅうっ、目をつぶって、それから開いて。まだ涙でかすむ、でも。弾かなきゃ、弾かなきゃ!
両脚をぴんと伸ばす、上半身を起こす。
しょわっ、しょわわっ
だめ、ぜったいだめ。弾かなきゃ。下着の熱がまた広がる。でも、逃げたらだめ。演奏から、渡部くんから。
だって、わたし。
楽器を構える。渡部くんはわたしを見ている。一緒に弾いてくれないんだ。また涙があふれる。だめだってば、泣かないで、弾かなきゃ。渡部くんに嫌われたくない、見放されたくない、一緒に、弾きたい、だから!
たたた、たった、たった、たたたたたたたた、
楽器からあふれた音が、からだを突き抜けて響くような感覚。指先の痛みだけが鮮明で、けれど、ちからをゆるめることは許されない。
たった、たった、たたたたたたたた、
ふううっ、ふいに目の前が、真っ暗になった。一瞬、からだが浮いた、いや、立っていることを忘れた気がした。楽器だけは落としちゃいけない。抱きしめるように、ぎゅうっつ、胸に当たった楽器が痛くて、わたしはすんでのところで、倒れなかった。
わたしは、何をしているんだろう。
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