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 ずいぶん歩いた。アリエは、ついていくのがやっとで、息が切れているのを悟られないよう、静かに、深く息を吸った。声の調子からすると、友人も決して、楽とは言えない様子。いつまでこうしてさまようのだろう、胸のなかがくるり、重い。
 わたしは、どこに向かっているんだろう。何をしに、何のために。出口のない木々の迷路に迷い込んだような錯覚。薄暗い森の木立の陰、なにか恐ろしいものが潜んでいる。そうだ、いつかの夢の、あの黒い化け物たち、いったい、何、彼らは、そして、わたしは。
「出来れば、会いたくない連中にも、会わないといけないようだね」
 不意に、先頭が足を止める。
「え?」

ずざ、ずざざっ、どっ!

 突如、頭上を覆う木々の枝から、何かがすごい速度で落ちてくる。
「下がって!」
 彼女が叫ぶ。わずか遅れて、後続の少女たちが身構える。同時に、頭上から現れた何かが、目にもとまらぬ速度で地を這い、向かってきた。

がざがざがざがざっ! がきぃん!

 ルネは片足を伸ばし、得体の知れぬ何かを受け止めた。金属がぶつかり合うような、高い音が響く。
「蟹!?」
「蜘蛛!?」
 少女らは同時に叫ぶ。ルネの足に踏みつけられ動きを止めたそいつの姿をようやく捉える。
 それは、苔むしたような岩石のような緑色の、平べったいからだから、人間の足ほどはあろうか、同じく緑色の細い長い脚が八本、放射状に伸びていて、ルネのハイヒールのかかとが捉えたそのからだの上部には、刃のように光る棘が、無数に並んでいた。
「魔物っ!」
 レツィタティファは、ぱっ、さらに2、3歩、後ろへ飛んだ。
「硬いッ!」
 そのままかかとで押し返そうとしたルネであったが、ちからでは相手の方が上か! すぐさま剣を抜くと、流れるような動作でそいつをなぎ払う。
 がきぃん! がざっ、がざざっ!
 剣撃を受けてなお、無傷か、八つの脚をはたりはたりとうごめかせ、小さな昆虫のようなすばしこさで、昆虫よりはるかに巨大なそれが、再度、ルネに突進する。
「はっ!」
 気合い一閃、下から切りあげる剣の閃き、がぁん! 鈍い音を立て、そいつのからだがぐん、宙に浮く、黄色味を帯びた腹が、せつな、あらわになる、その瞬間、

ごおおおっ!

 閃光がまたたく。アリエは思わず目を覆う。熱気が肌をかすめる。すぐに見やれば、人間の頭ほどの火の玉が宙を横ぎり、あいつの腹に命中するところ。肉の焦げる、嫌なにおいが満ちる。
「助かる!」
 間髪入れず、もう一撃、剣が閃いた。
ぶしゃあっ!
 黒い煙と、気味の悪い体液を飛び散らせ、そいつのからだは、ま二つになった。地に落ちてなお、四本づつの脚は、がざざっ、がざざざっ、断末魔の悲鳴のように、もがいていた。

「ちぃ!」
 アリエは、まだ仁王立ちで両腕を突き出したまま、肩で息をする友人のもとへと駆けよった。
「助かったよ、いい動きだった」
 ルネはひゅん、剣を一振りすると、鞘へと収める。
「ちぃ、攻撃魔法なんて、すごいです」
「自分の身は自分で守る、って決めたからさ。火の魔法なら初歩の初歩だから、なんとかなるかと思ってたんだけど。やっぱり、しんどいね」
 言い終えるや、少女の顎が上がる。膝が折れそうになる。アリエは思わず抱きとめて、はあっ、はあっ、腕のなかで、荒い息づかいがまだ、続いている。
「やっぱり、ずいぶんの数の魔物が、森に迷い込んでいるね」
、森の外の連中に比べれば、決して強くはないけれど、言おうとして、いや、ルネは、口をつぐんだ。



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