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 電話の応対の仕方なんて、星さんは教えてくれませんでした。失礼がなければいい、できるよね? それだけです。しどろもどろ、それらしいことを言って。
 わたしは本当は、あまり人と話すのが得意ではありません。くらい、なんていう苗字のせいにするつもりはありませんが、小さいころから、ひとりでいることが好きで、本を読んでいることが好きで。
 だから、大学生になって、アルバイト、と考えたとき、真っ先に本屋さんが浮かんで。
 大きな本屋さんも考えたけれど、やっぱり、このお店が好きで。だめもとでお話ししてみたら、店主、星さんは、まぁ、いいよ、って。1年前のことなのに、もうずっと、昔のことみたいです。
 そうだ、おトイレ。我慢できないほど、ではないけれど、はっきり、それと分かる訴え。今のうちに、よいしょ。
 すいません、配達です。ぴこぽこぴこん、の電子音と同時に、箱を抱えた青い服の男性。あっ、はい、ありがとうございます。
 入り口に向かう。荷物を受け取る。ずっしり、重い。おそらく、カタログか広告の類。
 荷物をいちど、床に置く。きゅうっ、体勢のせいか、おなかのなかがにぶく、動く。
 ポロシャツの胸にさしたボールペンで、受け取りのサイン。汗のにおい。表はだいぶ、暑いのだろう。
 ぴこぽこぴこん、扉が閉まり、荷物、どこに置こうかな。腰をかがめようとして、んん、先におトイレ、行っておこうかな。
ととっ、どさどさどさっ!
 店の右の奥、カウンターとは対角線の反対側で、物音。
 やな予感! 彼女は荷物の移動を一度中断し、音のした方へ向かう。やっぱり、本の塔が、雪崩を起こしている。
 閉店に向けた店内の整理で、ただでさえ狭い通路には、よくもまぁ、と言うくらい、本があふれている。よくもまぁ、と言えば、こんな状態で営業中、というところもそうなのだけど。
 もはや崩れていようと積んでいようと、あまり変わらないような気もするけれど、さすがに床まで本が散乱しているのはまずい。聞けば、かなり貴重な古書もあるそうで、彼女にはどれが貴重なのかは分からなかったけれど、それでも、床はまずい。
 しゃがんで、ん、これ、おしっこポーズ。柔らかいデニムのパンツ、かた膝をつく。かかとがなんとなく、ぎゅ。
 一冊いっさつ、本を積み直す。もうどう積んであったかなんて分からないけれど、なるべく、安定するように。一冊、いっさつ。
 本を積むため上身が動くと、きゅ、きゅ、きゅきゅ、おなかのした、気になる。本はまだ、ずいぶんな数散っている。これ、おトイレ行っておいた方がいいかな。でも、お客さん来たら、これじゃまずい。それに、星さん帰ってきたら、きっと、無言で、不機嫌な顔になる。
 星さんは、あまりしゃべらない人です。二人でお店にいても、実はあんまり話しはしません。店員同士がぺちゃくちゃおしゃべりをしているのはよろしくない、もちろんわたしもそう思いますけれど、なんて言うか、星さんはそういうとこ、すごく、ストイックです。
 お客さんがいなくても、あまり話しをすることはなくて、でも、わたしはそれは、あまり嫌いではなくて。
 あ、でも、あまりしゃべらないかわりに、けっこう星さんは、思っていることが顔に出ています。特に、不機嫌なとき。お客さんの前ではそうでもないけれど、何か宣伝とか勧誘とか、そういう人が来ると、露骨に嫌そうな顔をします。たぶん面倒くさいんですね。
 わたしが何か失敗したりしたときも、やっぱり嫌そうな顔をして、それはちょっと、怖いです。
 彼女は一冊、またいっさつ、本を積む。背表紙が見えるように。古い本、落ちたときに傷んだ個所はないか、ぱっ、ぱっ、確認して。
 かかとのあてがわれたところのもう少しうえ、本を取る、体を動かすたびに、きり、きり、筋肉の引きつれるような感覚。あと数冊、終わったら、おトイレ。
あと3冊、きゅうぅ、ちからを入れて。
あと2冊、もうすぐ、もうすぐ。
これで終わり! とりあえず、おトイレ!



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