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おもらしなんて、そんな、この歳になって、まさか。
思い出、そうだ。
おもらしなんて、ずっとむかしのこと、って、言いたいんだけど。
実は。
そんなにむかしじゃなくて。
頭のなかで、点滅する景色。うっ、くっ、あのときの気持ちが胸の底から浮き上がって、ワアッ、みたいな声が出そうになって、すんでのところで飲み込んで。
小学校6年生。わたしは、隣の駅の大きな本屋さんに行こうと思って、この道を歩いていました。親とけんかしたんだっけ、なんだか、ばたばた家を出て、すぐにおしっこがしたくなって、でも、家になんて戻れなくて。駅に行けばおトイレできる。そう思って、がまんして。
でも、がまんできなかった。
信じられなかった。6年生でおしっこがまんできないなんて。
じゅわって、出はじめちゃって、わたしはパニックになって、建物のかげに隠れて。そこで、じゃー、って。
緑のショートパンツ。白いハイソックス。黒の運動靴。みんな、びしょびしょになって。
そうだ。そしたら、お兄さんが出てきた。
お兄さんはわたしを見て、ちょっと待ってろ、って怖い声で言って。わたしは怖くて恥ずかしくて、でも、動けなくて。
それで、お兄さんが濡れたタオルとビニール袋と、似たような色のショートパンツと、靴下と、女の子のぱんつを持ってきてくれて、奥で着替えろ、って、やっぱり怖い声で言って。
やっぱりわたしは、何かヘンなことをされるんじゃないかって怖くて動けなくていたら、
早くしろよ、それ全部持ってっていいから、って、もっと怖い声で言われて。それで、お兄さんはどこかに行ってしまって、わたしは泣きながら、奥の物陰で着替えて。
そうだ、思い出。濡れたものは全部ビニール袋に入れて、鞄につめて。靴が乾くまで、駅の近くの公園にいた。
そんな、景色が点滅して。
じゅわっ、
あの時みたいに、熱がひろがる。
うそ、だめ、わたしはぎゅうう、もう全身のちからを集めて、椅子にからだを押し付けて。
「星くんは外国のファンタジー小説のお話しができる、いい仲間だったんですよ」
吉田さんの声がとても遠くで聞こえた気がした。
えっ? 星さんがファンタジー? ていうか、安田さんも?
なんだか見た目とのギャップがすごくて、わたしは無音の足ぶみを続けたまま、ちょっと、おかしな気持ちになりました。
そう言えば、星さんと、小説のお話、ぜんぜんしたことがない。だって、そういう話、好きそうじゃなかったし。何か言って、嫌な顔されたら怖いし。
「彼が戻ったら、よろしく伝えて下さい。では、また」
吉田さんはまたひとつ、首をかしげ、店を出た。
ぴこぽこぴこん、が鳴り終わるより早く、わたしは立ち上がりました。もう、猶予は一刻も、ありません。
おトイレはここからまっすぐ。本を飛び越え、すり抜け、早く、早く。
しゅ、しゅるる、しゅわ、
ものすごいちからを入れているのに、熱が広がり続ける。ふとももに擦れる布地が、ぺたり、貼り付いたり、はなれたり。
ばぁん、決して建てつけのよくない木の扉を引く。毎日お掃除はしているけれど、古臭さはどうしても取れないその、奥の、白いところ。
しゅぷ、しゅ、しゅううっ、
まだだめ、もう少しだから、もう少しだけ!
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