ー5ー
 わたしはそのまま、飛び込みたいくらいの気持ちで、じっさい個室に飛び込んで、服を下ろしながら、向きを変えて。
向きを変えて、
座る、

しょ、しゃあああ、しゃ、しゃあああああ、あ、

座る、
前に、
出てしまった。
 パンツの結び紐はゆるめたけれど、下ろすことは出来なかった。
 もちろん、ぱんつは穿いたまま。
 熱い、と思うくらいの流れが、いっきに、落ちて。
 白いところの上におしりを突き出したひどく恥ずかしい格好、けれどそれよりもさらに恥ずかしく。

わたしは、おしっこをもらしました。

しょっ、ぴちゃぴちゃ、しゅしゅっ、

 せめて、座ればよかったでしょうか? せめて座って、本来流すべき場所に、最後のしずくを流せばよかったでしょうか?
 わたしはからだをくの字に曲げたまま、用を足し終えました。
 飴色の木の床に、広がり、個室の外まで流れる、水たまり。
 薄いブルーのデニム地は、おしっこの直撃を受け、半分以上、濃く、濡れそぼっています。
 はっ、はっ、はっ、自分の息の音が聞こえます。甘いような、おしっこのにおいがします。
 わたしはそのまま、しゃがみ込みました。もう服は冷たく、おしりやふとももに張り付きました。数えきれないお店の思い出、でもその、限りなく最後に近いページに、まさか、おもらし、が付け加えられるなんて。
 わたしは、手を伸ばすと、少し奥に置かれた雑巾を取っていました。
 床を拭きます。おしっこが逃げるみたいに波打ちます。一度では拭ききれず、絞って、また拭いて、三回、繰り返しました。
 備え付けの洗い場で、雑巾をゆすぎます。黒く濁った、でも薄黄色いしずくが落ちます。
 絞った雑巾で、もう一度床を拭いて、それから、目をやると、白い陶器の丸みを帯びた外側にも幾筋か、わたしのおしっこが光っていて、それも拭きました。
 どうしよう。でも、ここにいても何の解決にもなりません。
 わたしは祈るような気持ちで、個室の扉を開けました。

ぴこぽこぴこん、

 絶望を告げる音。ふううっ、あたまの上からたましいが抜けていく感じが、本当に、した。
 わたしはとっさに、両手で前を隠していました。隠しきれるわけないくらい、濡れているのに。
 星さんでした。
 お客さんではなかったことに、少し安心しました。けれど、それより、もっともっと、恥ずかしい。
「えと、あの、これは、」
「ちょっと待ってろ」
 怖い声。
 男はくるりと向きを変えると、店を出、がらがらがら、シャッターを下ろした。店内は一気に、薄闇に沈む。
 彼女は動かず、その場にただ、立っていた。
 わたしがおもらししたおトイレ、わたしのおしっこで濡れた床、わたしのおしっこを拭いた雑巾、わたしがおもらししたお店、みな、もうすぐ無くなってしまう。
 いやだ、やだよ、いやです。



←前 次→