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「シーツは、たぶん大丈夫だったと思うけど。たぶん」
彼女の肩がきゅ、上がる。
「けっこう、しちゃった感じです?」
「ちょっと、たぶん」
言葉だけだと意味を取ることが難しい。ちょっとなのか、けっこうなのか。
「天気もいいですから、シーツも洗っちゃいましょう。洗濯、回してきますよ」
青年が立ち上がろうとする。しかし彼女の小さな手が、自分のシャツを掴んでいるのを感じて、とどまる。
「さいきん、多いですよね」
「うん」
小さな、小さな声。たぶんくちびるは、もう尖っていない。青年は、彼女の頭に腕をまわす。
「急に、涼しくなりましたからね」
「まだ暑いよ」
テレビのなかでは司会者が何か言って、弦楽器の穏やかな音が流れ始める。
「週イチ、くらいです?」
青年は、彼女の顔を見下ろしながら、言った。
「うん」
それから、頭を撫でる。彼女はぴょこん、両足を座面に上げてきゅう、丸くなる。青年は、腕でぎゅ、そのからだを抱き寄せた。
「どうしてでしょうかねぇ」
ひとり言のように、青年の声。
こん、こん、こん。乾いたノックの音。
「どうぞ」
「失礼します」
彼女は、ドアの外にいた時の息苦しさが、さらに加速する鼓動に飲まれるのを感じた。
窓を背に、スーツ姿の男性。彼女はドアのほうに一度体を向け、閉める。がちゃり、思うより大きな音がして、びく、つい身がこわばり、やっぱり来なければよかった、そんな気持ちが言葉にならずうごめくけれど、それすら、鼓動に飲まれる。さっきまでじっとり、背中を濡らしていた汗が、一気に冷感に変わる。
向き直り、頭を下げる。きゅ、お腹の下、おしっこを我慢してるみたいな、震え。いや、我慢じゃない、おしっこが出ちゃう時の震え。どうしよう、そうだ、お辞儀をするときは手を前に、だ。彼女はスカートの上で両手をで重ねる。マニュアル通り。おしっこ我慢じゃありません。
「○○大学○○学部○○科、黒沢そう、と申します」
よし、言えた。言えたはずだ。聴覚が自分の声を捉えることが出来なかった。けれど、確かに声は出たはずだ。大丈夫、いける。
ひとつ頭を下げ、
「よろしくお願いします」
くぅ、くうぅ。落ちついた濃いグレーのリクルート・スーツの、ジャケットのボタンがやけにきつく感じ、こわばる体をさらに締めつけるような感覚。それは、お腹のしたのかたまりによるものか。
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