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さっき、おトイレにいった。きちんとおしっこが出た。だから、気にすることはない。ない。ない。
「どうぞ」
男性が指をさす。彼女は肩にかけた鞄を床に置く。
「どうぞ」
男性がもう一度、座席を指さして、着座を勧められた事に気づいて、
「すいません」
、先に声が出てしまって。頭のなかの言葉が、消える。
それでもなんとか席に着く。膝上丈のタイト目のスカートがやはり、苦しい。けれど、座ると、お腹のしたのあの感じがすぅ、消えた気がして、ほら、やっぱり大丈夫、気にすることないって。
「暑い中、御苦労さまでした。まだまだ残暑ですねぇ」
男性が、そんなことを言った。
はい、そうですね。って、言ったか、言わないか。
「履歴書、見ました。部活動などは特にされていなかったのですね」
あ、はい。これ、答えないとまずいやつかな。中学の時は文芸部でした、言うべきか。
「何か、ご趣味は?」
あ、え、本を読んだり、音楽を聞いたり、です。って、そんなこと、聞く?
頭のなかの解答例が、次々、降ってきて、積み上がる。いまBGM、電子音のトロイカ。
「音楽は、何を?」
ヴィジュアル系ロックバンドの、、、って、言えるか! その、日本のロックなど。
「けっこう、はげしいのがお好きなんですね。まじめそうな見た目ですから、ちょっと意外ですね」
見た目の話、いいから! ていぅか、これ、どうリアクションすればいいのよ。速度を上げ降り続く回答例が、あたまの半分ぐらいまで積み重なって、ちょっと、これ、やばめかも。
「わが社の志望動機についてですが、」
来た! 回答丸暗記! 御社の、
「履歴書に書いてありますから、割愛しますね」
聞かねぇのかよ! これ、面接じゃなかったらぜったいつっこんでる。予期せぬ連鎖が決まった気分。積み重なった回答例がまたたいて消える。よし、次も狙う!
く、くくくっ、くぅっ。
気持ちが少し軽くなったことが、仇になったのか。意識が、お腹のしたに、引き込まれる。重くて、硬くて、それでいて、弾けそうな。
さっきおトイレ行ったはずだ。きちんとおしっこ出たはずだ。じゃあいま、この下半身にのしかかる重さはなんだ。前かがみに見られぬよう、背すじをのばして、机の下、膝の上で握られたこぶしが、少しづつ、お腹のほうに、近づいた。
「わが社は、設立20年と、比較的若い会社ですが、この界隈では老舗になりつつありましてね、そもそも、わが社が設立されたのは」
いちおう、ホームページで目を通した、会社の沿革と言うやつだ。しかし、長くなりそうだ。相づちは打たねばならない。なるほど、はい、素晴らしいことです。これで、いいの? 再び解答例の壁が中ほどまで迫る。落下速度が、早まる。
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