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 早くして下さい。電話終わってください。それは祈りの言葉、いや、最悪の結末から目をそらすための言葉。ぎ、ぎ、ぎ、オフィスチェアがきしんで、震える。顔を下げた。きつく、目をつぶった。早くぅ!
「ああ、すいませんでした」
 不意に彼の声。はっとして顔を上げる。しまった! 彼が申し訳なさそうにこちらを見ている。目があった。

しゅ、しゅわっ、

 一瞬の気の緩み。けれどもはや、動きを目で追うことすら不可能な速度で落下してくるブロックが、攻略困難な場所に着地するのは十分な時間。一瞬の操作ミスが、判断ミスが、首を絞める。
 下着が熱くなって、それから、ぺたりとはりつく。まだだ、逆転を狙え、これで少し余裕ができたはずだ。まだ間に合う、まだ。
「それでは、面接を終わりにします。結果は追って連絡いたします」
 後は立ち上がって、ありがとうございましたを言って。もうほとんど、おしっこブロックに埋め尽くされた頭のなかの、ほんのわずかな隙間を狙って、回答例を叩きこむ。そこだ!
「すいませんね、電話、お待たせしちゃいまして。お手洗いは出てすぐですよ」
 中腰になるのと同時に、彼は口を開いた。びくぅ、胸を、いや、肺を貫く衝撃。何か答えなきゃ、回答例を模索した、その瞬間。
 たった一つ残された隙間、ありがとうございましたが入るはずだった隙間に、落ちて来たブロックは。

おもらし

 立ち上がった瞬間、それは猛烈な速度で、彼女の体を突き抜けた。

しゅお、しゅしゅ、しょおおおおおおおお、

 耐えに耐えていた体は彼女の操作には応じず、むしろ喜々として、苦痛の源の排斥を後押しする。

しゅおおおおお、ぴしゃぴしゃぴしゃ、しいぃ、しゅわしゅしゅ、しぃぃぃぃ、

 おしりを突き出して、両手をぎゅうとスカートの前に押し当てて、膝こぞうをくっつけた、おそらく最も恥ずかしい姿勢のまま、しかし解放された熱は、あるべき場所で行われるそれよりもさらに強く、長く、あふれ続けた。

ぴちゃっ、つつつつ、つつつ、しょしょしょっ、しっ、しゅる、るるる、

 長い長い瞬間が終わる。すっかり熱を失い、凍りついた体が、ぎこちなく呼吸を再開し、ぴちゃっ、ぴちゃっ、布地にわずか、留まっていたしずくが落ちた時、真っ黒に変わった画面にはGAME OVERの文字が居座り、回答例はもはや、浮かんでは来なかった。

「おや、間に合いませんでしたか」
すいません、すいません。答えになっていないのは分かる。けれど、他になんて言えばいいの。わたし、どうすればいいの。
「けっこういるんですよね、面接中におもらししちゃう子。わたしは、はじめてですけどね」
 なぐさめてるつもり? それとも。
「お手洗い、言えませんでしたか? それとも、緊張するとお手洗いが近くなるほうですか?」
 真っ黒のまま、回答例が浮かぶことはない画面。くちびるがひどく乾いている。きゅうう、お腹のなか、言葉に出せない感情が、波打つ。わたし、
「隣の部屋にバケツと雑巾があります」
 え?
「ご自分で後始末をしますか? それとも、わたしがしましょうか?」
 なにこれ。ゲームオーバーの後に、更なるハードステージが待ってるやつ? ねぇ、わたし、どうすればいいの? どうにかしなければいけないけれど、どうしていいか分かりません。どうすればいいですか。どうすれば、そうやって、いつも、わたしは誰かに甘えて。甘えたくて。



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