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「お土産!? なんでしょう?」
アリエがぱっと顔を上げた。
「そこ?」
「依頼主は、、、『北部商工連合』? あまり聞かない名前だな」
ルネも瞳を上げる。
「やっぱり、怪しいですかね」
今日何度目かの、しまった、の顔のレツィタティファ。
「詳しく見せて。『お引き受けいただける場合は、専用の転送器にて、現地までご案内いたします。洞窟内にはもちろん魔物はおらず、安全なお仕事です。洞窟探索に必要な装備品は全てこちらで用意いたします』か、、、」
瞳が泳ぐ。
「やっぱり、怪しいですよね。いたれりつくせり、と言うか」
「そうだね。ちょっと出来過ぎてるねぇ。簡単な仕事なら、どうしてわざわざ魔法学校に依頼するんだろう。自分たちでやればいい」
「ですよねぇ」
「でも、きっと、何か困っているんですよね。だからわざわざ、依頼して、」
アリエは、真剣な顔。
「まぁ、そうだねぇ」
ルネ、瞳が遠泳中。
「ちぃは、この依頼、引き受けたいと思ったんですよね?」
「え、あ、まぁ、、、。長い夏休みだし、ちょっとくらいは、学校の外に出る機会があってもいいかな、なんて」
「引き受けてみる?」
「え、先生、いいんですか?」
てっきり、止められると思った。
「文面を見る限り、魔物と出くわすことはなさそうだからね。確かに、ザーレ君の言う通り、学校の外の現状を見ておくことは、悪いことではないと思う」
「じゃあ!」
「さっそく、申込みですね。お土産ってなんでしょう」
「ありぃ、遊びに行くんじゃないんだよ!」
「わたしも同行しよう」
「ええ、先生、いいんですか!?」
思わず身を起こし、こつん、傍らのコップが倒れる。アリエはあわてて、コップを取り上げる。ありがと、ありぃ。
「わたしも、お土産が気になってね」
「ですよね!」
ルネ様、それ、冗談ですよね?
「では、君たちふたりの申込書を事務局に提出しておいて。日にちは合わせるよ」
「あ、先生、いまは事務局への申し込みも、この伝晶版でできるんですよ」
レツィタティファは眼鏡を光らせ、ぽん、光るいくつかの文字を叩いた。
「へぇぇ、便利になったねぇ」
「これで決まり! では先生、学校の正門で!」
さて、夏期休暇の始まって三日目。その日である。
二人はやはり、ぱんぱんに膨らんだリュックサックを背負い、その上から、外出時の正装とも言うべき、深い紫のローブを羽織り、正門の前に立つ。その先に、どもまでも伸びる、森の間の草の道。
「おまたせ」
少しして、やはりリュックサックを背負ったルネ。格好はいつもと同じ。
「待ち合わせ時間は明日の早朝。場所は、『山小屋』です」
ルネの姿を見、レツィタティファが告げた。
「半日あれば、いまの君たちなら森を抜けられるだろう。いい判断だね」
「ありがとうございます」
「ちぃ、山小屋、って?」
「言わなかったっけ。魔法学校の森の入り口には、小さな宿泊場所があるの。それが通称、山小屋」
「学校から出るにも、学校に入るにも、どうしてもこの森を抜けなければならない。魔物を抜きにしても、夜の森を移動するのは危険だから、大事をとって山小屋で、日の出を待つんだ。それと、あまりみだりに、学校のなかに部外者を入れるわけにも行かないから、学校に用のあるお客さんに待ってもらうための場所でもあるんだよ」
「へぇ」
もう幾度か、足を踏み入れた森。天気はよくて、木立の間に降るひかりは、輝いている。森を抜けるための道、ひとが三人、横に並んでじゅうぶん歩けるくらいの広さの、柔らかい草の道がどこまでも伸びる。
「長いお散歩道みたいですね」
歩きながら、アリエ。
「山小屋から学校の正門までね。この森唯一の道だよ。通るのははじめて?」
「学校に入学するときに、カンタート先生と通ったと思います。たぶん」
まだ、半年も経っていなはずなのに、ずいぶんむかしのことのような気がする。
「森の外から学校まで、迷わず行くにはこの道が一番分かりやすいからね。ああぁ、空、飛んでいけたら楽なのになぁ」
レツィタティファは高く、腕を伸ばした。
「この森では、飛行魔法は使えないよ」
「え?」
「やっぱりそうなんですね。『結界』のちからだって」
「そう。あんまり公にはしていないけれど、学生たちもだいたい、知っているよね」
「なんですか? 結界って」
「この森には、とても強い魔法がかけられているんだ。古い魔法だそうで、わたしも詳しくは知らないんだけど」
「強い魔力や強い力をもったものは、結界に阻まれて森に入ることができず、入れたとしても、力を封じられ、魔法を使うことができない、って」
眼鏡の少女は、先生の表情を伺うように、言う。
「だいたいそんなところだね。だから、並みの魔法使いじゃ、この森のなかで魔法を使うことはできない。空も飛べなくなる、と言うわけ」
「あれ、でもカンタートさん、空を飛んでいましたよ! ちぃだって、火の魔法が使えました!」
アリエは不思議そうに目を見開く。
「ほんとだ、確かに」
自らの手を見るレツィタティファ。
少女たちのまなざしに、ルネは一呼吸置いて、空を仰いだ。
「授業の妨げにならないよう、校舎のまわりだけは結界を打ち消す仕掛けがある、というのもあるんだけれど」
、少しの沈黙。それから、
「カンタート先生は、結界のちからをも上回る、桁違いの魔道士だからだよ」
「やっぱり、そうなんだ」
眼鏡の下で、少女のまなざしは厳しい。
「じゃあ、ちぃは?」
「結界は、強大な力は封じることができるけど、、、」
「あのくらいの火の玉じゃ、強い魔力とはみなされない、ということですね」
「そう、当り。日常的な魔法なら、普通に使えるよ」
「知りませんでした。わたしたちは、森に守られていたんですね」
銀の髪を揺らし、感心したようにあたりを見まわす。
「守られている、そうかもね。そう、君たちに言っておかなければならないことがある」
ルネ、声のトーンが少し下がる。少女たちも自然と、真剣な顔つきに変わる。
「いま話した通り、結界によって、強い力を持つ魔物たちは本来ならば森のなかに入って来られない」
「じゃあ、あの魔物たちは、まさか」
レツィタティファの口もとが強張る。
「察しが良いね。そう、この森で出会った魔物たちは、結界にかからないほど、弱い連中だということ」
「うそ、そんな」
アリエが足を止める。しばしの歩行で上気していた頬から、一気に血の気が引く。そんな、あいつらが、ちぃが殺されそうになったあいつらが、弱い、なんて。
「森の外で出くわす魔物は、おそらく、君たちが戦ってきたものより、ずっと強い」
沈黙。ぎゅっ、眼鏡の少女のくちびるを結ぶ音。
「いいか、勝ち目がないと思ったら、全力で逃げろ。仲間を守ろうだとか、考えるな。自分の命だけを守って、逃げるんだ」
その声は、低く、静かで、恐ろしく、少女たちの胸に響いた。しぃわしぃわしぃわしぃわ、遠くで、蝉が鳴いていた。
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