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「改めて、ご依頼をいたします。この道をまっすぐ進むと、洞窟があります。洞窟のなかは地図に従い進んでください。指定された場所にある石を、なるべく多く、この袋に詰めて持ち帰って下さい。わたしは、ここでお待ちしています」
抑揚のない声。それから、ローブの下の布の四角い鞄から、魔晶石を三つと、地図と、大きな袋を取り、手渡した。ちら、と見えたローブの下、それも真っ黒。
「一つだけ、ご注意ください。洞窟内では、決して火を使わないこと。お守りいただけないと、あなた方の身に危険が及びます」
「わかりました」
荷物を受け取りながら、レツィタティファ。
「ご質問はございますか?」
「いえ、特に」
「では、お願いをいたします。日暮れまでにはお戻りくださいね。夜は何かと危険ですから」
影は軽く頭を下げたように見えた。3人は示されたほうへと向かった。その姿がすっかり見えなくなる頃、口を開いたのはアリエ。
「びっくりしました。おしっこ出ちゃうかと思いました」
「わたしも。何、あいつ」
「ちぃも、おしっこ出ちゃいそうでしたか?」
「いや、そうじゃなくて。あの出で立ち、ただの魔道士じゃないよ。あんなやつが迎えに来るなんて。ここ、ほんとに大丈夫なところかな、魔物、出たりしないかな」
そうだ、あの、森で迷子になったとき。ちぃはとっても不安そうでした。そう言えば、転送されるときの感じ、あの時と、いっしょ、、、?
「ザーレ君、ここがどのあたりだか、予想はつくかい?」
ルネが、少し首を左右に回しながら、言った。
見渡せば、砂のような、灰色の土に覆われた地面がうねりながら、どこまでも続いている。しかしそれはところどころで、丘のように盛り上がり、また、崖のように切り立っている。空は青い。うねりながら続く灰色の地にわずか、彼方に緑の地平が、ちらり、覗く。
三人が歩くのは、道、と言えば道。踏み固めたような白い筋、人がひとり通れる広さほどのそれが、大地の起伏に添い、細く伸びている。先は、見えない。
しばしの沈黙。アリエは、親友の表情を、横目で伺った。
「おそらく、デルナ山の北側ではないでしょうか」
眼鏡の奥で目を厳しく光らせ、レツィタティファ。
「どうしてそう思う?」
「この寒さ、おそらく、かなり標高の高いところです。それから土、火山灰です。モレタ島に火山は、デルナ山しかありません。それに、あそこ、野草の生え方からすると、日当たりはあまり良くないように見えます」
「なるほど、わたしも同じことを思っていた」
「本当ですか!?」
「ここはたぶん、デルナ北斜面の中腹辺りだろう。だとすると、なんとなく北部商工連合さんが、わたしたちに頼んだ理由も推測がつく」
「と、言うと?」
「北側だとすると、なに地方だい?」
「ヨーニャですか? あっ!」
眼鏡の奥の瞳が、く、見開かれる。
「ヨーニャの行政は独自路線で、共和国議会と対立することもあるって」
少女は言葉を選ぶように、言った。
「そう。ヨーニャには歴史的に、強い自治権が認められている。それもあって、ヨーニャの人々は、あまり外からの訪問者をよく思っていないと言う」
「じゃあ、どうしてわたしたちが?」
問い返す。さながら、授業中のよう。
「魔法学校の位置は?」
「島の北東、、、森を東に抜ければ、ヨーニャです。だから、、、」
眼鏡の少女は、あごに指を当てた。話の断片が、つながりそうでつながらない。
「実はね、魔法学校はむかし、ヨーニャの一部だったんだよ」
「ええ! ぜんぜん知りませんでした」
荒涼とした地の風に乗り、少女の声は響いた。
「いろいろ、政治的な話になるのでね。学校でも教えていないけれど」
白い額に、すこし皺を寄せて、ルネは続けた。
「そんなこともあって、ヨーニャの人々は魔法学校には好意的なんだ。あまり目立ちはしないけれど、学校にもずいぶん援助をしてくれているんだよ」
「そうだったんですか。部外者なら何を言われるか分からない、でも、魔法学校の生徒なら、、、」
「おそらく、そんなところだろう」
ルネは頷いた。
「わたしたちは、体よく利用されているんですね」
「まぁね」
「あの、、、」
沈黙を続けていたもうひとりの少女が口を開いた。けれど、小さく震える声。
あ、話に夢中になっちゃった、ごめん、ありぃ。って!
少女はからだをくの字の曲げ、その手はおなかの下のあたり、強く握られている。
「ごめん、なさい、、、ッ!」
泣きそうな声のほうが早かったか、
ぱたっ、ぱたっ、しょおおおぉ、
ローブのすそから覗く膝下に、熱い流れが走り、ハの字に開かれた足元に広がった水たまりから湯気が立ち上るほうが、早かったか。
「もぉ! おしっこしたかったらすればいいじゃない!」
再び、少女の声が響いた。
「だって、お話の邪魔したら、悪いみたいで、それに、ひとりでおしっこ、怖かったんですぅ!」
「まったくこの子はぁ! ルネ先生、ほんとにすいません!」
何に謝っているのだかよく分からないが、レツィタティファはとにかく頭を下げた。
「まぁ、危険を考えれば、ひとりになりたくない気持ちも分かるし、わたしたちに気を使ってくれたこともわかるから、まぁ」
ルネは口元をゆがませ、目を泳がせた。
「ほら、着替えるよ! ローブは濡れてない? これはアダマン布じゃないからね、におい残るよ!」
「はい、、、」
「手伝うから! 替えのぱんつ出して! 脱ぐ!」
「は、はい!」
それからまぁ、見事な早技。少女がリュックを下ろし、替えの下着を取り出す間に、眼鏡の少女は自身のリュックからタオルを取り出すと、見る間に魔法でしめらせて、下着を手にしたままかたまっている親友のローブのホックをはずすと、濡れた布地をひきはがすと同時に、タオルで少女のくらがりをごしごし拭ったかと思うと、脱がした下着をタオルにくるみ、空いた片手で新しい下着を握り、自身の肩に少女の片手をつかせ姿勢を保ちながら、器用に靴をすり抜けて、穿かせた。
「はい、ホックは自分で止めて!」
言うと同時に、手にしたタオルのまわりにばしゃん! 水の玉ができ、ひとしきり流れ切るとぎゅうぎゅう絞って、自分のリュックに放りこんだ。
「今からこれだと、先が思いやられるなぁ。ありぃ、替えの下着、たくさん持ってきた?」
「はい! 全部で十枚!」
「うん、賢明な判断!」
それからくるりと向きを変え、
「お待たせしました先生、とにかく、行くしかないでしょう。ありぃ、行くよ!」
「あ、ああ。洞窟のなかをはじめ、用を足すときは、お互いに助け合いながら、な」
目の前のやりとりにルネ、あっけにとられて、なにを言っているのか、ちょっと分からない。
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