−3−
できることなら、この場でしゃがみこんでしまいたい。けれど、繋がれた彼女の指がそれを許してはくれない。お腹の一番したが熱に溶かされて胴体にへばりついているような感覚。奥歯を噛む。耳の奥できちきち、歯茎がきしむような音がする。冷たい汗が、背中にべったり、張り付いて、けれど、せめて、電車を降りるまでは。
窓の外の明かりがすごい速度で流れて行って、電車は確かに進んでいる。まだ着かないのか、ここはどこだ。いまにも溢れそうな塊を、力で無理やり押さえつけている。痛い、けれど、力をゆるめてはならない。ただ耐え続ける、それも、ひとときも気を休めることなく。ただ耐え続けるほか、どうすることもできない。断続的に電車が揺れる。その音と光に僕は流され続けながら、まだ着かないのか、繰り返す。
ぎゅうっ、彼女の手が、僕の手を強く握った。それから、まるで僕に倒れかかるように、彼女の重さを感じた。だめだ、まだ。唇を結んだけれど、
しゅっ、しゅわぁ、
溶けた皮膚の先端が、流れ出すのが分かった。あと何駅だ。せめて、電車を降りるまで。けれど、ひく、ひく、一度出口を見つけた塊が、不規則に筋肉をゆさぶり、きしませる。
しゅうう、しゅううぅ、
そのたびに、熱が溶け出す。僕は、先輩の手を握った。
しても、いいんだよ。
彼女の指が絡んだ。赦しのように思えた。
しゅうううぅ、しぃううぅぅう、しぃいいぃ、
ごとん、ごとん、電車の低い音。もう誰のものかもわからない体に押しつぶされながら、僕は、おもらしをした。
みるみるおむつが重くなる。熱い。濡れた感じではない。けれど、本当に濡れていないのか。この熱は染み出していないのか。こんなに大勢の人間に囲まれて。すぅ、と、意識が抜け落ちそうになる。吸う息が震える。
ぎゅうっ。
けれど、繋がれた彼女の指がそれを許してはくれなかった。
彼女に手を引かれるように、僕は電車を降りた。歩き出すと、ぐしゅ、ぐしゅ、いっぱいになったおしっこが染み出すような気がして、あまりいい気分がしなかった。駅を出て、それとなくお尻を確認する。濡れてはいないらしい。
もうすっかり冷たく重い塊がぶら下がっているようだ。ひどく歩きにくい。僕は何とか、彼女と歩調を合わせようと、きっと、じたばた、みっともないだろう。
彼女は、改札を通る時のほかは、ずっと手をつないでいてくれたけれど、帰り道、言葉はなかった。
彼女が家の鍵を開ける。玄関の電気を点ける。白熱灯のひかりのなかに、彼女の小さな後ろ姿が浮かぶ。
「ただいま」
つい、口をついた。
「おかえり、ゆぅくん」
、振り向いて彼女は言った。それから、
「先にシャワー、浴びてきなよ。わたしも入るから、お化粧落とすから」
ブーツを脱ぎながら、彼女が言う。僕は言われた通り、部屋にコートをかけると、浴室へ向かう。先輩はきっと、自分の部屋で服を脱いでいる。冷たい汗でぐっしょりのシャツ。ジーンズを脱ぐと、人工的なにおい、たっぷりと膨らんだ、紙おむつ。浴室の前の洗面台の鏡にその姿が映って、なんて情けない、僕は、すぐさま目をそらした。さすがに、先輩にも見せられない。いちおう、ジーンズの内側ものぞいてみる。濡れてはいないようだが、おしっこのにおいがした気がした。洗わなきゃだめかな。
重い白い塊。さすがに、脱ぎ捨てるわけにはいかなかろう。先にシャワーに、と言われたけれど、これを放っておくわけにもいくまい。脱ぐと、ずしり、というか、べちゃ、というか、文字通り床に落ちて、僕は全裸で、キッチンまで行くと、がさごそ、ビニール袋を探して、それを詰め込んで、ぎゅうと口をしばった。押し出された蒸気が、袋の内側をくもらせた。僕は少し考えて、それを自室のごみ箱に放り込む。どさっ、重い音がした。
|