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「ありぃ、座ろっか」
まだお互いの手はつながれたまま、ほほ笑む。
「はい、ありがと、ちぃ」
ほほ笑みを返す。
「ルネ先生、さきほどのお話ですけれど」
レツィタティファは、ルネのほうを向いた。その声に、ルネも振り向く。
「なんだい?」
「わたし、以前ツウォムにいたことがあるんです」
「ほう」
金色の前髪を揺らし、ルネは首を傾けた。
「そうだったんですか? 知りませんでした」
「言ってなかったからね」
「首都ツウォム、この国でいちばん大きな街。お金持ちの人じゃないと住めない、って」
アリエが続ける。
「そんなこともないよ。うちは、お金なかったしさ。でも、大きな街なのは確か。このお屋敷みたいなのが、たくさん建っていて、家とかお店とかが、どこまでも続いていて、人だっていーっぱいいるんだから!」
「へぇぇ! 想像もできないですぅ」
「あのすごさは、ちょっと見てみないと分からないよ。いつか、いっしょに行こうか、ありぃ」
「はい!」
「そうか。ツウォムには、ドウラムの屋敷もあったな」
「そうなんです。この悪趣味な屋敷、どこかで見たことがあると思って。ツウォムの屋敷にも、確か、似たような肖像画がたくさんあって。こども心に、悪趣味だなぁ、って」
「なるほど、ね」
「じゃあ、ちぃのお家は、ツウォムにあるんですか?」
「まぁね。たぶん、空き家だけど」
ため息とともに、少女は眼鏡を指で押しあげた。
「ごめんごめん、わたしの話は、また今度、ね!」
眼鏡から指を離すと、少し首を振って、ぱちり、片目をつぶった。
こんこん。
控え目な、硬い、ノックの音。それから少しして、扉の向こうから、失礼します、お食事の支度が整いましたので、鈴の音のような、声。
「さぁ、行こうか」
ルネが立ち上がる。続いて、二人。扉を引く。やはり、黒いワンピースに白いエプロンの、微笑む金髪の人形。さきほどの三人のなかの誰かなのか、それとも別人なのか、レツィタティファには判断が出来なかった。
一面のガラス窓からやってくるひかりはすでに黄色味を帯び、空の高いところには、夜の帳が裾を伸ばしはじめている。冷たい階段を下る。あっ、この人だ。さきほど、尿意に抗いながら、耳に入った話の断片の、肖像画。自身の身の丈の3倍はあろうか、大きな大きな壁一面に、男の絵。複雑な陰影をつくる金の縁に囲まれて、宝石や、金細工や、見たことのないきっと動物の毛皮をこれでもかと身につけ、ほほ笑む、いや、にやぁりと口もとをゆがませる、絵のなかの中年の男。アリエはその視線から逃れるように、目をそむけた。
階段を下りると、天井の魔晶石はいっそう煌々と輝き、そのひかりを受けホールはまるでひかりの洪水。閉じられていた、入り口正面の大きな扉は開かれ、その先の空間からは、黄金色とでも言おうか、目も眩むばかりのひかりがあふれだしている。
給仕に先導され、一行はひかりのなかへと踏み入る。
アリエはもう、口をぽかんと開け、目の前の光景に見入るばかり。
入り口よりもさらに高く見える天井には、一面に、空や山や海がまるでほんものをそっくり閉じこめたかのごとく描かれ、そしてその風景のどれにも、惜しげもなく肌を晒す女性たちがこれでもかと添えられている。もはや金の装飾のほうが多かろう、白亜の四方の壁には、やはり金の装飾にはめ込まれた魔晶石がきらめき、なんて明るいのだろう、目のくらむ輝きとは、まさにこのことだ。
足元、ふわふわした、そうだ、いつか絵本で見た遠い遠い国の巨大な四足の獣、それがぺろんと伸びたような絨毯をこわごわ踏み、中央の、3人で座るにはあまりに大きい、白い厚い見事な光沢の布の掛けられた円卓へと通される。
それから給仕は、座れば背もたれにすっぽりからだが隠れてしまうほどの椅子をひとつづつ引き、着座を促した。
卓上の中央には、宝石で出来ているのだろうか、透きとおる、顔ほどの大きさの色とりどりの花が、金の花瓶からこぼれている。そのまわりに、金のナイフ、フォークが、形や大きさもそれぞれに、いくつも並べられ、しかしそれをどう手にとって良いのか、アリエには分からなかった。わたし、ここにいてもいいんでしょうか。
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