−4−
「どうぞ、存分にお召し上がりください」
三人が席に着くと、給仕は鈴の声を鳴らし、それを合図にまた別の給仕が、白い布に包んだ緑のボトルを持ち現れ、卓上の金の杯に、液体を注いだ。
「乾杯、でいいのかな」
ルネが杯を手に取る。続いてレツィタティファ。
「ありぃ、こうやって、コップを持って」
膝の上に手を握り、わずかに震わせてさえいる親友に、眼鏡の少女はそっと、声をかけて、にこり、目配せ。
アリエの手がためらいながら杯に添えられたのを見、ルネが声をかけた。
「お疲れ様、乾杯」
「かん、ぱい」
きっと初めて口にするであろう言葉。
「大丈夫、ただの水だよ」
一口含み、レツィタティファ。
アリエも、くちびるをつける。冷たい。杯を傾ける。指先に伝わる、杯の細かな装飾の手ざわり。すっかり乾いてひりひりするくらいの口のなかに、冷たい水が流れ込んでくる。なんだろ、硬い感じ。学校で飲む井戸のお水のほうが、ずっと柔らかくて、おいしいと思える。口のなかはまだ、乾いたままのようで、もうひと口、ふた口、のどの奥に流し込んだ。
三人の給仕が一皿ずつ、三人分の料理を運んでくる。目の前に皿が置かれる。あっ、ありがとうございますぅ。少女は精いっぱい顔を上げて、声にしたけれど、給仕は目を合わせることなく、背を向けた。
金の縁取りのされた白いお皿。少女の顔よりもう一回り大きいだろうか。そこに、ちょこん、ちょこんと、色鮮やかな欠片を包んだ透明のかたまり。これは、食べてよいものなのでしょうか。学食で見る、テリーヌやジュレに似ているけれど、それよりもずっと綺麗で、小さい。
見れば、他の2人は、すでにカトラリーを手にとり、口に運んでいる。
「ルネ先生、食べ方も素敵ですね。ほんとに、品があって」
親友がうっとりとした目で見つめている。
わたし、ほんとうに、ここにいていいんでしょうか。
ちくちく、少女の胸のなかで、刺が転がった。
「ありぃも食べてごらん。おいしいよ」
「あ、はい」
声をかけてくれたことはうれしかった。でも。
「ナイフとフォークは一番端に置かれているものから使うんだ。新しい料理が運ばれてくるたびに、ひとつ内側のに替えるんだよ」
正面に座る金髪の少女が、にこりとしながら声をかけた。
「あ、ありがとうございます。ルネ先生」
かぁっ、頬が熱くなる。胸のとげとげが大きくなる。
「そうだ。先生、はやめて欲しいな。いちおう、わたしも学生だからね」
わざとらしく上半身をかがめて2人に顔を近づけると、いたずらっぽく、言った。
「では、なんとお呼びすればいいでしょうか。やっぱり、ルネ様で、、、」
眼鏡の少女は真顔。
「やめてくれよ」
「ルねぇちゃん!」
「出た! ありぃの変なあだ名!」
「えぇ、変ですか?」
「せめて、ルねぇさま、にしようよ」
「あまり変わらない気がするが」
「なら、間をとってルねぇさん!」
「わたしは、さま、の方がいいなぁ」
「任せるよ」
「じゃあ、ルねぇさん、に決定ですぅ」
「よろしいですか? ルねぇさん」
「慣れるまで、少し時間が欲しい」
一皿目を食べ終えると、音もなく給仕が現れ、皿を下げ、ナイフとフォークも一緒にもって行ったので、次の料理が運ばれてきたとき、何を使っていいかまたアリエは戸惑い、促されるままに杯に注がれた水を飲み干し、そしてまた次の料理。冷たい緑色のスープ。スープって、冷たくてもおいしいんですね。それから魚。ええっ、この変なかたちの、ナイフなんですか? あの、ところで、お料理ってまだ出てくるんでしょうか。あの、わたし、その。
魚料理のあとに運ばれてきたのは、大きな肉のかたまり。これで、最後かな。外側はこんがり焦げているのに、そのすぐ内側はまるで今切り開かれたみたいに、真っ赤。学校で食べる肉はだいたい、燻製や塩漬けばかりだから、目の前に置かれたまだ血の滴るような肉の赤みを見て、アリエはたいそう驚いて、レツィタティファは、おおぉ、レア! レア肉ぅ! ちょっとおかしなくらい、上機嫌だった。
これで、最後のお料理。なら。おそるおそる、少女はナイフを右手に取り、肉に押し当てる。じゅう、血なのか、脂なのか、汁が皿に広がる。こくり、のどが湿った音を立てる。なんておいしそう。左手のフォークに突き刺し、口へ運ぶ。いっぱいに広がる香ばしさは、肉のものか、それとも何かの調味料か、その両方か。閉じられた唇の裏側で、白い歯が、肉を噛み切る。思ったよりずっと柔らかい。噛みしめるごとに、溶けていくよう。なんておいしいんでしょう。頬がぽぅ、血が流れ込むような感覚。
「ちょ、これ、ほんとに、おいしいんだけど!」
傍らの親友の、控えめな感嘆。けれどその表情は、先ほど口の中で消えた肉の一片のよう、とろけている。
「期待以上、だったね」
ふたりの様子を見て、ルネが続けた。
「おなか、いっぱい! もう食べられない!」
体を反らせ、ぽんぽんとお腹をたたくようなしぐさ。ちぃ、幸せそうですぅ。思わず、笑顔。そしたら、わたし、そろそろ、あの。
「デザートの盛り合わせになります」
「待ってました!」
、え?
|