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 うすぼんやりした暗闇。閉じられたカーテンの隙間からやってくるどろっとした色の光に、ベッドが2つ、浮かんで。そのうちの手前側、窓から遠いほうに立たされて。
「少し横になりましょう。はい、靴、脱いで」
 わたしは、その無言の圧力に抗うすべがなくて、いや、もう抗う気力がなくて、しゅるり、シーツにもぐりこんだ。
「それじゃあ、しばらくしたら声かけるから。あんまり気持ち悪かったら、呼んでね」
 先生は窮屈そうに、白い仕切りのあいだを通りぬけ、消える。
 ひっきりなしに続いていた頭痛と寒気が、横になると少しやわらいだ気がした。
 オレンジ色の薄明りにうかぶ天井、きぃぃ、きぃぃ、どこかで何かがきしむみたいな音がする。窓と反対側、すぐ隣は本棚か、けれど視線を向ける気にはなれなくて、咳こみそうになるのどのいがいがを深く深く息を吸って鎮めながら、怖いことなんて何もない、花子さんなんているわけない、その言葉だけを何度も何度も頭の中で繰り返しながら、目をきつくつむる。きぃぃ、きぃぃ、小さな音が続いている。目を開けたら、何か怖いものがいそうで。絶対目を開けちゃだめだから。そして、わたしはさっき、ふぅと目の前が真っ暗になったときみたいにいつしか、眠りに落ちていた。

  そう、、、
    花子さん、、、
       しゃべらないで、、、

 すっかり溶けかけた頭の遠くのほうで、聞こえた。
 はぁっ、わたしは目を開けられず、シーツのなかで体をこわばらせる。
 いま、花子さんって。先生の声? 分からない。
 まぶたの裏の暗闇がうねうねうねうね回っていて、だめだ、やっぱり目が開けられない。むねがぎゅうぎゅう苦しい。ひどく頭が痛い。震えているのが分かる。おかっぱ頭の真っ黒い影が、まぶたのうらを跳ねる。花子さん、いるの。
 怖い。
 また来た。
 わたしはとにかくこの気持ちを押し出したくて、全身の力で息を吐く。だめだ、まだだ、まだ出て行かない。もう一度、もう一度、体のなかみをぜんぶ吐き出すみたいに、筋肉をきしませ、息を吐く。
 怖い気持ち、どっかいっちゃえ! 小さいころからそうだった。
 怖くて怖くてしかたないとき、そんなこと無理だって分かっていても、そう、願わずにいられない。だって怖くてしょうがないんだもん。
 ここが保健室じゃなかったら、大声で叫びたいくらい。怖い気持ちなんてどっかいっちゃえ! わたしは目を閉じたまま、叫ぶかわりに、ぎゅううぅ、お腹にいっぱい力を込める。

 しょろ、しゅい、しゅううぅう、

 まだ溶けたままの頭のなか。熱が流れているのを感じる。力を込めれば込めるほど、

 しょろろ、しょわっ、しぃぃぃぃ、

 体の中まで溶けていくように、熱があふれて、お腹のしたのほうから、太ももや、背中に広がって。
 怖い、が一緒に出て行った気がして。
 わたしはまた、真っ暗な眠りの世界へ、沈んでいく。

「せんせー、頭痛いんだけどー、薬ちょうだい!」
「わたし薬いらないからー、ちょっと休ませてー」
「すません、こけたっす。ばんそうこう何枚かもらっていいすか」

 騒がしい。
 休み時間の教室か。
 少女はゆっくり、光の世界へ浮かび上がる。
「はいはい。奥で休んでる子もいるから、あんまり大声ださないで。それ、ばんそうこうじゃだめよ、消毒するから、ちょっと待ってて」
 先生の声がする。オレンジ色の薄明りにうかぶ天井。まだのどはいがいがする。背中からおしりのあたり、びっしょりと濡れているのか、やけに冷たい。制服の布がぺたり、へばりついているような。
 動かした指先に触れる冷たさ。シーツまでずいぶん濡れているのか。9度近く熱があれば、そりゃあ、汗だってずいぶんかくだろう。そういえば、水もずいぶん飲んでいるし。
 もそもそ、はるきはシーツの中で身をよじった。
 あれっ。



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