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汗にしてはやけにびしょびしょすぎないか。
体を動かすたび、ぺたりぺたりと布地が張り付く。背中、おしり、スカートとベッドの触れているところ。まるで、ペットボトル一本ひっくり返したみたいな。って、ひっくり返したことないけど。じゃあなんで、こんなに濡れてるの。
どっどっどっどっ、心臓が加速をする。ほおがすぅっ、血が抜けるみたいに冷たくなる。布の仕切りの向こうから声が聞こえる。まるで休み時間の教室。
息を殺して、指を這わせる。シーツの上、スカートのすそ、それから少しだけからだを浮かせて、おしりの下。冷たい。びっしょりだ。
ほとんど意識せずにその手が、口元に運ばれる。口のすぐ上の鼻がとらえるにおい。知ってる、このにおい。
おしっこのにおい。
わたし、おしっこしちゃったの?
学校で、保健室で、眠っているあいだに、おしっこしちゃったの?
口元でかたまっていた手が、すぐさまシーツの中にもぐる。スカートの前をたくし上げ、じっとり湿った太ももと、おまた。
おもらししちゃった!
少女はもう飛び跳ねたいくらいの衝動をぐうっと抑えて、ベッドの中、身を縮めてかちこちになる。なんでこんなことになっちゃったの。あのとき眠らなきゃよかった。ベッドになんて入らなきゃよかった。保健室なんてこなければよかった。お化けの出る保健室なんて。でももう、みんな手遅れ。
は、は、は、呼吸がどんどん早くなる。頭の上でまだいくつも人の声がする。物音を立てたらだめだ、少女はいっそう身を硬くする。オレンジの天井がぐるぐる回って、けいれんするみたいにまぶたがぱちぱちして、涙が、あふれた。
少女は乱暴に枕を取り、顔に押し当てる。目の前が真っ暗になる。息が苦しい。でも、物音を立てたらだめだ、呼吸ひとつ、聞かれてはだめだ。
体温のせいか。ぐっしょりと濡れた制服が、生ぬるい。枕を顔に押し当てているのに、さっきの、おしっこのにおいがずっとする。その鼻の奥がつぅんとして、涙が止まらない。
どうしよう、どうしたらいい?
暗闇の中で少女の意識が取るべき行動を探す。
誰もいなくなるのも待って、先生にこのことを話して。びしょびしょの制服はどうする? ベッドの後始末は? 着替えは? 親に迎えに来てもらう? そんなことできるわけない!
「須藤さん、須藤さん!」
頭の真上で声がする。先生の声。心臓がぼぉんと飛び出しそうなくらいびっくりした。
いつの間にか、たぶん先生がすぐ隣に立っている。
「大丈夫? だいぶつらそうね。甘いものでも飲む?」
枕越しに聞こえる声。シーツの下は気づいていないみたい。
どうする。このまま一言もしゃべらなければ、少し時間がかせげるか。息を殺して、殺し続けて。
せんせー、いる? 指切っちゃったんだけどぉ!
はいはい、いま行くわよ。
かたかたん、先生が隣へ行ったようだ。
気づかれなかった。って、安心できることはなに一つない。
じっとり、体温であたたまった背中やおしり。肌に張り付くっていうか、肌がふやけて崩れてきたみたいな、不快感。もうずっと上を向いたままだ。姿勢を変えたほうがいいのか、もそもそ、半分だけ寝がえりを打とうとして、いやこれ、おしっこで濡れる範囲を広げるだけか、もそもそ、またからだをもどす。
さすがに息が苦しくて、枕と顔の間にすこしすき間をつくる。やっぱりおしっこのにおいがする。もしかして、先生、においで気づいちゃった?
今何時なんだろ。もう下校時刻くらいかな。だったら、みんな帰るまでここで。あ、部活の子たちがいるか。じゃあ、学校閉まるまで? そんな時間までいたら、親になんていわれるか分からない。そうだ、先生に飲み物もらって、こぼしちゃったことにすれば!
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