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ぴぃん、一すじの光明が閃いたみたい。着替えはジャージを持ってきてもらって、制服は全部持って帰ればいい。のーぱんだって、この事実が隠せるなら構わない。ベッドは、お願い! 気づかないで!
はるきは息を殺して、計画を実行する機会をうかがう。隣が静かになったら、先生を呼んで、飲み物をもらおう。こっちで一人で飲みます、って言って、先生がいなくなったら、こぼしちゃったって。どくどく、心臓が、静かに加速する。枕を頭の下に戻して、あっち、こっち、きょろきょろして、その時を待つ。
隣に人の気配がなくなったことを感じ、はるきは声をしぼりだした。どっどっどっどっ、また心臓が加速する。からからののど。声がうまく出せるか。
「先生、」
「はいはい、なに?」
声だけが聞こえる。先生はこちらにはこないみたいだ。よし、なおさらチャンス!
「何か、飲み物をもらえますか?」
よし、言えた。
「ああ、いいわよ。冷たいほうがいい?」
なお好都合! お願いします!
それからすこし、ぱたぱた音がして、よっこらしょ、窮屈そうに仕切りぬけて、紙コップを手に先生がやってくる。
「はい、スポーツドリンク。大丈夫、起きられる?」
薄明りの中で、体格のいい先生が白髪交じりのショートカットににこにこ目を染めている。あとは起き上がる時に、気づかれなければ。
からだをひねって、先生に背を向けて、紙コップを受け取れば。
紙コップ。
ちょっと待って。
目の前がまた、真っ暗になるような。
コップ一杯こぼして、こんなに濡れる?
「起きるの辛いかな、手、貸そうか」
そんなことされたらぜったい気づかれちゃう!
もぉ、どうしたらいいの!
「わたし、ベッドでおしっこしちゃいました」
次の瞬間、わたしの口をついて飛び出したのは、自分でもびっくりする言葉だった。
半開きになった口が閉じられない。目がくるくる、先生だけを避けて、あっちこっちに流れて。きっと、顔はくしゃくしゃ。いちばん言っちゃいけないはずの言葉が、どうして。
「ま、大変じゃない。ちょっと待ってて、すぐに着替え用意するから」
先生は細い目をすこしだけぱっと開いて、がたんがたん、わたしの足元のたぶんグレーの金属の大きな棚を開けた。
「制服上下と、下着も上下、 靴下もいる?」
少しだけ首をもたげて、先生の大きな後ろ姿の先、ぼんやりとした明かりに照らされる棚の中、いくつものカゴに分けられて、夏服スカートS、とか、そんなことが書いてあるのが見えた。こんなに着替え用の制服が用意されているんだ、保健室って。
「サイズ、Sでいいわよね。わたしは絶対着られないやつ」
先生は真顔で言って、私のベッドの足元辺りに、とん、きれいにたたまれた着替え一式を置いた。それから、
「ちょっとだけ待っててね、タオル用意してくるから」
と、仕切りの向こうに消えると、それから蛇口をひねる音、水の流れる音、ぱしゃぱしゃ、しずくの落ちる音がして。
「からだ、拭くと気持ちいいわよ」
、湯気の立つ、タオルをしぼったやつを洗面器に入れて持ってきてくれた。
「それと、濡れたものはこれに入れて」
黄色の、きっと靴屋さん? のナイロンバッグ。こんなのまで用意してあるんだ。
「着替え終わったら、声かけて。出てこられそうだったら、こっちに来ていいわよ」
そう言って、またかたこと、仕切りの向こう。
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