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タオルから立ち上る湯気が、オレンジ色の光の中でゆらゆらゆれて、消える。
きぃぃ、きぃぃ、何かがきしむ音。ふと天井を見ると、それは、空調のぱたぱたするあれがきしむ音だと気づいた。
まだ頭が痛いけど、着替えなきゃいけない。体を起こして、シーツの上にお姉さん座りして、用意してもらった着替えを取ろうと腕を伸ばした。薄いかけ布団が一緒にめくれて、縦ながの円に広がった、グレーの、染み。わたしのおしりがすっぽり入るくらいの染み。おしっこのにおいが立ち上ってくるよう。また鼻のおくがつんとして、涙がこぼれる。
びっしょり濡れた紺のセーラー服を脱ぐと、おしっこを吸っているせいか、ずっしり重い。少し考えて、タオルを枕元に置いて、空いた洗面器にとさっ、置いた。それからアンダーシャツ、学校指定の。ブラはなんとか、濡れてないみたい。
タオルで一度、手を拭いて、スカート。お姉さん座りのまま、あっちこっちに体をかたむけて脱ぐ。やっぱりずっしり重い。ちらと見えた後ろ半分、紺がより濃い紺に、濡れて。
靴下は平気かな? 最後に、いちばん軽くて重たい、インナー&ぱんつ。二枚重ねのまま、肌にきしきし、絡むみたいで、やっと脱いで。
タオルを広げて、おまた、おしり、太もも、それから背中、ごしごし。あったかい。最初に顔、拭けばよかったかな、なんて、だんだん冷えていくそれをちょっと名残おしく思いながら。
シーツ、濡れてないところを見つけて、素肌のおしりを置く。さわさわ、布の変な感じ。急いで新しい服を着る。温もりが肌をつつむ。服ってこんなにあったかかったんだ。
濡れた制服、おしっこのにおいのする制服。くるくるとたたんで、用意してもらったバッグに押し込む。ぱんぱんになっている。口をぎゅうとしめて、におい、しないかなぁ。ちょっとくんくんしてみたりした。
よいしょ。
とにかく、ここにこうしているわけにはいかない。着替えも済んだ。もう、帰るだけだ。
靴をはき、ベッドを下りる。大丈夫、歩けそう。
「先生? 終わりました」
ナイロンバッグと洗面器を片手づつに持ち、仕切りからちょこん、頭だけ出して。
「大丈夫? 歩けそう? 面器とタオル、ベッドのとこに置いておいていいから。こっちまで来られる?」
はい。仕切りをすり抜け、とたとた。先生しかいない保健室。机の上にはわたしの鞄が置かれている。時計を見る。まだ5時間目の途中だ。そんな時間だったんだ。もっとずっと遅いと思っていた。
「紅茶、淹れたわよ。座って飲んで行きなさい」
わたしの鞄のかたわら。白いティカップとソーサーと、湯気の立つ紅茶色の液体。
「ありがとうございます」
紅茶の前に座る。お砂糖が2本添えてある。甘くして飲め、ってこと?
入れ違いに、先生は仕切りの向こう。しゅっしゅっ、布のすれる音。少女は、はっ、とっさに立ちあがろうとして、また頭のおくがずきずき痛んで、ほとんどへたり込むみたいに、椅子に戻る。
わたしのおしっこシーツ。記憶に残っている限り、生まれて初めて見た、わたしのおしっこの染みのシーツ。それを、先生に見られた。触られた。
胸の奥がくしゃくしゃして、紅茶をがぶり、口に流し込んだ。
ぴっ、ぴっ、電子音。それからがたんがたん、たぶん洗濯機のまわる音。洗濯機なんてあったっけ? きっとくるくるまるめられて、洗濯機に入れられた、わたしのおしっこシーツ。そして、からら、窓を開ける音か。すうっ、冷たい風が頬に触れた。もしかして、空気の入れ替え? やっぱり、おしっこくさいから? 少女の胸は、きゅうん、赤く染まる。
「須藤さんち、そんなに遠くなかったわよね。」
先生がからだを横にして仕切りを通りながら、言った。そして、
「タクシー呼んでおいたから。それで帰りなさい」
鞄のうえ、あ、タクシー代、って走り書きのしてある茶封筒。
「あの、すいません、その、」
先生の顔が見られない。誰かに助けてもらってお礼をするのは当然だけど、学校の先生に、しかも、おもらし、あれ、おねしょ? の後始末をしてもらうなんて、考えたこともなくて。うつむいたまま、もごもご。
「熱せん妄ね、たぶん」
先生はわたしの向かいに、どっこらしょ、腰を下ろした。ナース服の胸、やっぱり窮屈そう。
「高熱のときって、思いもよらない行動に出ちゃうことがあるのよ。熱が下がるまで、安静にするのよ。なるべく早く病院に行ってね」
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