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ええっ? ナオミ、どうしたの? わたしはびっくり、っていうか、ちょっとショックを受けてしまった。
「どうして? みんな仲間だよ。おねしょしたって、誰も気にしないよ!」
つい、声が大きくなってしまう。ナオミは、塾で見せたきっとした目をして、
「それは、分かっています。わたし、来てよかったと思っています。とても楽しかったです」
「じゃあどうして!?」
いっしょに、楽しい夜を過ごそうよ!
「エミリーは、自分がお手洗いをしているところを見られたら、どんな気持ちですか」
えっ、わたしは言葉に詰まった。
「たぶん、嫌な気持ちですよね? それと同じです。どんなに仲良くなっても、楽しくても、自分の恥ずかしいところは、見せたくも、見られたくもありません。だからわたしは、一人で寝たい」
そんな。そりゃそうかもしれないけれど。わたしは、まだ言葉が返せない。一緒に寝たら楽しいって、おねしょしちゃっても平気って、思ってて、だから、この企画を思いついたのに。
わたし、ひとりで突っ走ってたの? ナオミの気持ち、ぜんぜん考えてあげられてなかったの?
「ごめんなさい、別に、エミリーを困らせたくて言ったわけじゃないんです」
わたしが、何も言えずにいたからか。もしかしたら、泣きそうな顔をしていたからか。ナオミが、とても心配そうな顔で言った。そんな顔しないで。悪いのは、わたし。
「ごめん、ナオミ。わたし、ひとりで舞い上がっちゃって。そんなこと、ぜんぜん考えられなかった。本当に、ごめん」
こぉぉぉぉ、空調の回る微かな音だけが続く。喉の奥をぐうっと熱いものが通って、それが、両目からあふれるのが、分かった。
「ナオミはさ、みんなと一緒に寝てみたいと思う?」
ジュリアが口を開いた。とてもやさしい声。
「それは、思います。できれば、皆さんと一緒に、おしゃべりをしながら、寝てみたいって」
小さく、言う。
「こういうのはどう? もし、ナオミが失敗しちゃっても、わたしたち3人は気づかないふりをする。で、ナオミは、自分の洗濯は自分でする。これならだれも、ナオミの失敗を見た人はいなくなる。どう?」
「でも」
「わたしたちはみんなおねしょしちゃうって、みんなが知ってるんだ。これ、すごいことだと思わない?」
ジュリアが続ける。うん、すごいよ。本当に、すごいこと。
「わたしたちが今までずっと超えられなかった壁。おねしょしちゃうことを、友達に打ち明けられなかった、っていう壁。でもわたしたち4人は、すんなりその壁を越えちゃったんだ。だから今日、こうしてここに集まれた」
ジュリアがぐるりと周りを見回す。アンナがこくり、うなずく。わたしは、こぶしで涙をぬぐう。
「それでもナオミが一緒に寝たくないなら、わたしは止めないけれど」
それから、ひと呼吸おいて、
「わたしは、ナオミと一緒に寝たいな。もっとおしゃべりしたい」
「わたしもです、ナオミ」
アンナが続けた。
「もちろん、わたしもだよ」
まだ声が震えている。でも、言えた。
「ほんとに、ほんとに、気づかないふり、してくれますか?」
ナオミの声も、震えていた。すぅっ、涼しい風が、頬をかすめた。
「もちろん、だよ!」
精いっぱい、わたし。二人もうなづく。
「お優しいですね、皆さん。わたしも、もっともっと皆さんと、そう、夜が明けるまででも、おしゃべりしたいです!」
ナオミが笑った。瞳からきらきら、しずくをこぼして。
「ありがと! ナオミ!」
吸い寄せられるように、向かいに立つ少女を抱きしめた。抱き合う二人を、もうひとり、そしてもうひとり、腕を回して、4人は互いのぬくもりと息遣いを感じて。ゆっくりと輪がほどけて、誰からともなく笑いだして。ありがとうジュリア、こっちこそ、エミリー。明かりが消えて、4人は布団にもぐって、とりとめのないおしゃべりがいつまでも続いて、それはいつしか、静かな寝息に変わった。
かさ、かさっ。
きぬ擦れの音に、わたしは目を覚ます。暗闇の中、中腰に様な姿勢で動く影。目が慣れてくる。白いハーフパンツからすらりと伸びた足、ジュリアだ。
「ねぇ、エミリー」
影はすうっとわたしの上に近づいて、温かい指先が触れた。
「エミリー、起きてる?」
ささやきのような声。
「うん、起きたよ」
わたしは答える。
「やっちゃったんだ。洗濯機までシーツ、持っていきたいんだけど。その、ひとりじゃ、怖くて」
わたしは、なるべく静かに起き上がる。
「一緒に行こう。手伝うこと、ある?」
「シーツは替えたし、着替えも済ませた。あとはこれを、洗濯機まで持ってくだけ、なんだけど」
「分かった、行こう」
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