星のはなし。
わたしは彼女と直接お話をしたことはない。しかし彼女は自分から、積極的に自分自身を発信した。長い外国生活の経験を持ち、語学に堪能。快活で明るく、ときに空回りもするけれど、自然と周囲を巻き込む影響力の持ち主。さぁ、なんという接続詞でこの先を続けよう? 「だがしかし」、「その上さらに」、どちらだろうか。
彼女は夜尿症である。眠ると尿が出てしまうので、睡眠をとる際は基本的に紙おむつを穿く。彼女は言う、寒ければ上着を着るでしょう? おむつもそれと一緒よ、と。
彼女は自身の夜尿を、おむつを穿いて眠ることを、決して恥ずかしい事とはとらえていない。もちろん、そこにたどり着くまでに、相応の葛藤があっただろうことは想像に難くない。なぜ自分は他の人と同じようにできないのか、そう、悩んだこともあっただろう。けれど、物心ついたときから、使い続けているおむつ。それは彼女にとって、当たり前に身につけられる衣類であり、それが身につけられる理由もまた、「当然の」ものだったのだろう。大人がおねしょなんて、普通はしないでしょ? おむつは赤ちゃんが使うものでしょ? そんな声に、きっと彼女は胸を張って言う。夜尿症は大人がなるもの、おむつを使うのは大人の対応よ。
彼女の、力強い言葉を紹介しよう。
『風邪は誰だってひく、年は誰だってとる、夜尿症もいっしょ。たまたま、夜尿症だっただけ。なのにどうして、自信をなくしたり、恥ずかしく思ったりしなきゃいけないの? ただ、眠っているあいだにお小水が出てしまうだけ。わたしたち、誰かに迷惑をかけている? 誰にも迷惑をかけずに、自分で解決ができるわよ。だって大人だもの。
でも、夜尿で悩んでいるひとがたくさんいることも知っている。夜尿を「子供がすること」と思っているひとがたくさんいることも知っている。一回やってみる? 寝る前におむつとパッドをあてるのはどれほど面倒か、取り替えたり洗濯したりがどれほど大変か。しかも毎日よ。楽なわけないわ。それに、悩んでいるひとに、大丈夫! って声をかけただけじゃ、ただの無責任になっちゃうかもしれない。なりたくてなったわけじゃないんだから。だからわたしは考えた。どうしたら、夜尿症のひとたちが、肩身の狭い思いをしないですむようになるのか。風邪と同じように夜尿についても、「誰もがなるもの、だから気にしなくていい」って思えるようになるのかって。
それでね、わたしは思いついたの。もっと、わたしたちのことを、夜尿のことを知ってもらいたいって。恥ずかしい、隠したい気持ちは分かる。でもそれじゃあ、いつまでたっても恥ずかしいこと、隠したいことのままでしょ? 当事者が声を出さなきゃ伝わらないって思った。わたしは、まず手始めに、インターネットでの発信を開始した。
夜尿とはなにか、どのぐらいの頻度でするのか、どんなことで困るのか、どんな解決策があるのか。わたしのおすすめおむつはこれ! 寝る前にこんなことしたら効果があったよ! このお薬の効き目は?
大変なこともいっぱいある。でも、わたしの気持ちは変わらない。夜尿が当たり前の世の中にしたい。この間、とてもうれしい事があったの! わたしのサイトに、とあるホテルから問い合わせがあったの(けっこう有名なグループよ)。「夜尿症の方にも、お気軽に宿泊いただきたいと考えています。ホテル側として、どのようなサービスを行えばご満足いただけるでしょうか、ご助言をお願いできますか」だって!
少しづつでも、夜尿症が当たり前の世の中に、ううん、夜尿症だけじゃない。すべての「生きにくさ」を抱えているひとが、少しでも生きやすくなるように、わたしは止まりたくはない』。
そんな、彼女の言葉はわたしの胸を震わせた
なんて前向きなんだろう。夜尿はもしかしたら彼女にとって、世界を変えようというエネルギーなのではないか。わたしは一度、彼女の講演を聞きに行ったことがある。すらりと伸びやかな身体にスーツを着こなし「大人の女性」という表現がぴったりだと感じた。その彼女が夜尿症を公言している。なんと魅力的なのだろう!
順風満帆では、きっとない。だが、これからも、自分の目指す道を進み続けるきらきらと輝く彼女を、尊敬のまなざしで見つめ、心からエールを送りたい。
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