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 3人、無言でうなずく。
「今でも覚えています。父の車で、ついうたた寝をしてしまって、その、シートをびっしょりにしてしまって」
 ナオミがきゅう、と顔をしかめる。
「あのときの、父の顔と言ったら。車が好きな父でしたので」
「分かる! わたしも居間のソファでパソコン使ってたら寝落ちしちゃってさ、ソファたいへんなことになっちゃって。もうお母さんなんてあきれてたよ」
「わたしも電車の中でやっちゃたことあってさぁ、キツかったぁ」
「え、電車で?」
 わたしとナオミ、さすがにびっくり。たぶん二人とも、あたまの中に同じ絵が浮かぶ。電車の中で、水たまりを広げるジュリア。わたしは、ぎゅうっ、胸が苦しくなる。
「それで、どうしたんですか?」
 ナオミは自分のことを話したときよりも顔をしかめて、静かに、静かに、言葉を続けた。
「さすがに逃げたよ、ごめんなさい、って心の中で言って。やっぱり座っちゃうとだめだねー」
 照れくさそうにはにかむジュリア。きっとわたしだったら、その場でわんわん泣いてしまったかもしれない。あるいは、びしょ濡れの座席と服、きっとそこに集まるだろう視線に耐えきれなくて、気を失ってしまうかもしれない。
「あ、ごめん、もしかして引いちゃった?」
 ジュリアがちょっと真顔になる。
「んん、ちょっと想像したら、苦しくなっちゃって」
 わたしは素直に吐き出した。
「ほんとに、毎日油断できませんよね」
 ナオミもまだ、うつむいたまま。
「そうだ! だからアンナ、起こさないと! アンナー、寝るなー」
 ジュリアがはっとしたように、顔をあげ、ゆさゆさ、アンナをゆすった。
「起きそうでしょうか?」
 ナオミがのぞき込む。
「んん、あれ、もう着いた?」
「よかったぁ、アンナが起きた!」
「何か、あったんですか?」
 きょとん、とした表情で、わたしたちを見渡して、それから外を見たり、バスの中をみたり、きょろきょろ。
「アンナがなんともないなら、わたしたちは大丈夫」
 3人の満面の笑顔、アンナはまだ、きょとん。
 冬って、あんまり晴れる日がないような印象だったけど、今日は一日抜けるような青空で、いまは、穏やかな夕方のひかりが、道路の両側に広がる雪景色をきらきら輝かせていて、わたしたち4人の、すてきな夜のパーティのはじまりが、もう、待ちきれなくて。



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